3.海





葵「百里、百里!!しっかりしろ」
 次に百里が目覚めた時、そこは客間のような個室だった。
葵「目覚めたか、良かった…」
百里「…ここは…どこだ?」
 一見客間のようだが、よく見ると窓も無く、入口の扉も頑丈な鉄製になっている。
百里「…ここが洗脳室か何かか」
葵「かもな」
 百里は、寝かされていたソファから立ち上がった。
百里「あの黒スーツの男たちは、政府の関係者だったか…私の思い違いだった。すまない、葵」
 葵は首を横に振る。
葵「いや、いいよ。俺たちがここに連れてこられるのも、時間の問題だったような気がするしな…」
 しばらくの沈黙。
百里「やっぱりな。私たちが、街の外から来たことが問題だったようだな。今までの経緯や、奴らの口ぶりからも分かる」
葵「…いや」
 沈黙を破った百里に向かい、再び首を横に振った。
葵「どちらかというと、俺たちが外から来たことを口にしたことが問題だったと思うんだ。
俺…ここ、見覚えがある気がする…この街に来たばかりの頃…何か…
”まだ忘れていないのか”って言われて、監禁されたんだ…ここに来て思い出した」
百里「”まだ忘れていないのか”…だと?意図的に外から来たことを忘れさせられたのか?洗脳…なるほど…」
 百里の中で結論が出る。葵の目を、じっと見つめた。
百里「全て分かったぞ。政府は、トーキョーシティという閉鎖された空間の中で住人を管理しているんだ。
街を囲う外壁、外のことを知らない若者、お前と出会った時の反応、医者の意味深な態度、黒スーツの男たちの言動。
ここの住人は、この街以外の場所を考えないように洗脳され生活している。監獄に居ることも知らずに…な」
 葵は手をぐっと握りしめ、息を飲んだ。
葵「…確かに…それでつじつまは合う…が…一体なんのために管理を?」
百里「私が知るか、そんなこと」
 その時、部屋の上部にあったモニターが付く。
??「2人とも、話はそこまでだ」
 2人はすぐにモニターを見上げた。
百里「誰だ!!」
 そこには、百里が意識を失う寸前に見た、黒衣を着た男が映っていた。
??「誰?か…”どうせ忘れるのだし”、名乗ってもいいか。私は”ダース”に所属する師走(シワス)だ、よろしくな」
 百里は葵の顔をちらっと見る。
葵「…いや、ダースなんて名前、初めて聞いた」
師走「知らないもの無理は無い。ダースは、政府とタッグを組んでいる裏の組織だからな」
 モニター内の師走の後方から「あんた、しゃべりすぎよ」という女性の声が聴こえる。
 師走は後ろに向かって「どうせ洗脳して忘れるからいいだろ」と答えていた。
百里「やっぱり、洗脳して記憶を操作しているんだな…」
 師走は再びこちら側を向いた。
師走「操作というほどのことはしていない。街1つの人間の記憶など操作出来る訳が無いからな。
ただ、指定した部分の記憶を一時的に忘れさせているだけさ。しかし、一時的でも、思い出すきっかけがなければそれは永遠となる」
 葵はひらめく。
葵「そうか、”街の人間全員”が一時的に洗脳されている。誰も自ら外の話をしなくなる。だから、思い出すきっかけがない、という事か」
百里「…!だから、葵は私の何度にも渡る外の話がきっかけで、昔の事を思い出したのか」
師走「その通り」
 師走はニヤケながら、モニターに手をかざした。
師走「外に洗脳する微電波を定期的に流しているから、大抵の人間は数日で街に居るだけでも洗脳されるんだが。
洗脳はおろか、別の人間の洗脳まで解いてしまうとは、よほど我の強い女のようだな」
百里「…悪かったな!!!」
 モニターに向かって武器を取ろうとする百里を、葵が諌める。
葵「あれはモニターだから意味がないぞ百里…」
師走「そうだよ、何をしても無意味なのさ。ああ…久々に外から人が来たから喋りすぎてしまった。
そろそろ消すぞ。もう会うことも無いだろう。じゃあな」
 師走がモニターにかざしている手を動かすと、映像はプツリと消えた。
 百里は、重要なことを聞き逃さなかった。
百里「久々に外から人が来た…ってことは、この街にはチサトは居ないってことか…良かった…」
葵「良かった?」
 百里は我に返る。
百里「あんなどんくさい奴、一瞬で洗脳されるだろうからな。めんどくさいことになりかねない。私1人だったらすぐに脱出出来る!」
 百里はムキになり、武器を取り出して壁を攻撃し始めた。
 バシッ、バシッ、と何度も攻撃するが…
百里「何だ、ビクともしない…」
葵「これ、普通の壁じゃないぞ。くそっ…どうすれば…!」
 その時、プシュッと、聞き覚えのある音が聴こえてくる。
 煙…催眠ガスだ。
葵「まずい…!!」
百里「くそ…!!!!!洗脳されたら外に脱出するきっかけが無くなる!!葵何とかしろ!!」
葵「何とかって、どうするんだよ!!」
 そうしているうちに、部屋中にガスが充満してしまった。
 こうなってしまってはもう…
葵「うっ…百里…」
 再び、葵の方が先に落ちた。
百里「…くっ…こんな所で…チサト…すまな…い…」
 しばらくして百里も落ちた。
 煙が消えた頃には、部屋の中央に倒れた百里と葵の姿があった。


 百里は、うっすらとした意識の中で、揺られている。
 揺られているのは…意識か、記憶か。
 違う。
 百里は目を覚ます。百里は、揺られていた。
 走っている誰かの腕の中に居た。
百里「…葵…?」
 違う。
??「お、目覚めたか。良かった。記憶はどうだ?」
 葵ではない…が、暗闇で顔はよく見えない。
 百里は、走っている青年の腕の中に居た。
百里「…大丈夫だ、記憶はある。私は大陸から来た…」
??「そうか。待ってろ、すぐ外に出してやるからな」
 百里は周りを見回す。葵が居ない。
??「もう1人の仲間は、別室に連れてかれてたよ。別の奴が助けに行ったから心配するな」
 百里の心境を察し、青年が先に答えた。
 百里にはもう1つ、質問があった。
百里「お前…誰だ?」
??「俺?」
 暗がりだが、彼が微笑んだのが分かった。

??「奴らは…俺たちのことを<星>(ホシ)って呼んでるよ。今はそれでいいかな」










→4.雪