「業」





「失礼する」
 次の日。カルマは再びクオンの研究所を訪れた。
 すると、昨日と同じようにパソコンに向かって作業をしていたクオンが、顔を輝かせて飛び上がった。
「やあ、カルマ!待っていたよ!すぐに細胞を…」
「もう、少し落ち着きなさいよ」
 クオンの声を遮るように、奥の方から女性の声がする。
 女性はすぐにカルマの前に姿を現した。
「あなた、いつも気ばかり急いで言葉足らずなのよ。ちゃんと彼女に説明したの?」
「したよ~失礼だな~」
 女性の言葉に、クオンは慣れた口調で返す。こういったやり取りは日常茶飯事なのだろう。
 女性は、カルマの方を向いた。
「私は、ミクリヤ。よろしくね、カルマ」
「ああ。私はカルマだ。よろしく、ミクリヤ」
 緑髪で、耳にイヤリングをしている女性は、ミクリヤといった。
 ミクリヤは何かの機械を設置し始める。
「クオンから説明は受けたわよね?細胞取るけど、大丈夫?」
「大丈夫だ」
 ミクリヤの気遣いに、カルマはそう答えた。

 ミクリヤは、注射器や綿棒を使って手際良くカルマの細胞を採取した。
 そしてその細胞を、機械の顕微鏡でじっくり調べる。
 そして、
「…やっぱりね」
 と呟いた。
 ミクリヤの呟きに呼応するように、パソコンで作業していたクオンがすっ飛んで来る。
「やっぱりそうなのか!?ミクリヤ!!」
「そうだけど、落ち着きなさいよバカね」
 ミクリヤは、興奮するクオンを冷静に制した。
 そして、クオンとカルマに結果を説明し始めた。
「人間には寿命がある。なぜ寿命があるのかというと、色々な説があるけど、その中の1つにテロメア説という物があるの。
細胞分裂の回数は決まっていて、分裂する度にテロメアという構造物が短くなっていき、人間は寿命を迎える。
でも、カルマの細胞にはテロメラーゼという、テロメアが伸長される酵素が豊富に含まれているから寿命が来ない。
分かりやすく言うと、細胞が常に活性化しているから寿命が来ない、ということね」
 カルマは、ミクリヤの検査結果に呆気に取られた。
 まさか、神の遣いとして特殊な性質を持ったカルマの体が、科学的に証明されるとは思わなかったからだ。
 クオンは意外と大はしゃぎせず、冷静にうんうんと頷いていた。
 そして、カルマに語りかける。
「カルマ、世の中に存在する全ての要素は、科学的に証明できるんだ。それを証明するために、研究者は研究をするんだよ。
”気”のレーダーも、そう。君にだけ”気”を感知する能力があるのも、君が”気”の周波数を捉えられる体質だからさ。
君は、特殊な体質をした”人間”なんだよ」
 特殊な体質をした”人間”…
 カルマは、この結果をどう捉えればいいのか分からなかった。
 自分は、特別な力を持っていることと不老不死であること以外は人間と同じ。それは、最初から分かっていたことだ。
 だが、特別な力と不老不死であることが、科学的に証明できるという事実に、何故か胸がざわざわとした。
 ミクリヤは、無表情で押し黙っているカルマに一言かける。
「でも、すごいわ…こんな体質、見たこと無いもの。やっぱり神の遣いって、神様に選ばれた特別な存在なのね」
 ミクリヤのその言葉で、カルマは胸のざわつきが収まるのを感じる。
 自分でも、そのざわつきの正体は分からなかった。
「そう、その通りだよ!!」
 ミクリヤの一言に興奮気味に反応したクオンは、再び屈託のない笑顔でカルマを見つめていた。
 クオンは、神の遣いとしてのカルマに、絶大な好奇心を寄せて崇拝しているのだ。
「やっぱりカルマは素晴らしい存在だ!カルマ、協力してくれてありがとう。
レーダーはいつか、君の役に立てられるようにどんどん調整していくからね。いつでもここにおいで」
「…ああ」
 カルマは、これ以上深く考えないことにした。
 何にせよ”気”をレーダーで見ることが出来るという、大きな成果があったのだ。
 カルマが、クオンの研究所に通う日々が始まったのだった。


 カルマがクオンの研究室を訪ねて、レーダーを確認する。
 そんな日々が定着していたある日。
 カルマはパソコンをいじっているクオンに、気になっていることを聞いた。
「クオン。私がここを訪ねなかったとしたら、このレーダーのソフトは完成した後にどうするつもりだったんだ?」
 このような偉大な研究、好奇心だけで進められるとは考えにくい。
 しかし、クオンはあっさりと言った。
「正直、好奇心で始めただけだからそこは考えてなかったんだ。
でも折角だから、ギルドに提出して魔物退治に役立てて貰おうくらいは考えてたけど」
 一応、完成した後のことを考えてはいたが、やはり好奇心が一番に来ていた。
 そしてカルマは、もう1つ気になっていることを聞いた。
「では…私の細胞のことは、何かの研究に使うのか?」
 この件は、”気”のこととは話が別だ。
 カルマの先日のざわつきを差し引いて考えても、神の遣いである自分が、
 理由も無く直接人間の未来に影響してしまうことは、例の通り避けたかった。
 クオンはこの問いにも、あっさりと答える。
「ああ、その件は誰にも言うつもりはないしこれ以上何もしないよ。僕の好奇心ではあるけど、生物科学は専門外だし。
ミクリヤも、僕に頼まれて検査しただけだからきっと何もしないよ」
 カルマは、これを聞いて安心した。
 その時。部屋の奥の方から、ミクリヤの声が聞こえた。
「そっか…今日は、国境の災害が起きてから10年目なのね」
 ミクリヤは、部屋の奥にある休憩室でテレビを見ながら休憩しているところだった。

 国境の災害。
 それは、10年前にマイオウギとガトの国境の市街で起きた、大規模な地滑りのことである。
 市街は半壊し、数十人の人が亡くなった。
 そして、マイオウギとガトで協力して復興に尽力し、約3年かけて復興したのだった。

 クオンとカルマも、テレビの前に集まる。
 そしてミクリヤは、ふとカルマに聞いた。
「ねえ…災害が頻発するようになったのは神に見捨てられたからって聞いたけど、本当にそうなの?」
 カルマは、首を横に振って言った。
「見捨てられた、という考え方は少し違う。神は、人間の歴史は人間が紡ぐべきだと考えている。
自分の力が干渉することで、人間を間接的に操作することをやめたんだ。人間たちには、自分の力で解決して欲しいから…」
 それを聞いたミクリヤは、指を頬に当てて上を向いた。
「ああ…それも、聞いたことがあるわね。何だっけ…最後に行動をしなければならないのは、自分…」
「そう、それだよ!」
 ミクリヤの言葉を遮って、クオンが大声で言った。
 カルマはミクリヤの言葉の続きが気になったが、クオンは止まらない。
「人間の力で解決。そのために、やっぱり研究は必要だ。
僕たち研究者は、これからも自分たちの歴史のために研究を続けていかなくては。そうだろ、カルマ?」
 クオンの言っていることは、正しかった。
 自然科学、人文科学、社会科学、生物科学、医科学、魔物学…
 それら全ては、人間が失敗や成功を繰り返して育んできた、人間の歴史そのものなのである。
「その通りだ、クオン」
 カルマは、クオンの言葉に納得させられた。
 クオンは意気込んで作業に戻る。しばらくして、ミクリヤも作業に戻った。

 カルマは、色々な研究所で何が研究されているのかに興味を持った。
 カルマはクオンの研究室に通いながら、研究についての本も読むようになった。










→「久遠」