「夢」





 カルマは普段は別の所で寝泊まりしているのだが、今は罪人やバースのことが気がかりだったので、
 倒れてからはギルドで寝泊まりしていた。
 あれから3日経った頃。ホウプ、ライク、ドリーム、そしてカルマは、新たに設置した数十台のカメラの映像をチェックした。
 映像の1つに、鉱山をホウテイ側とフシン側に分ける大きな谷が見えた。
 下方に川が流れていて、気休めほどの細い木製の橋が1本架けてある。
 誰が決めた訳でも無いが、暗黙の了解で谷を隔てたこちら側がホウテイ領、向こう側がフシン領ということになっている。
 カメラのフシン領側に、数人の人影があった。
 何かの作業をしている兵士たち…そして、そこには…バースの姿があった。
「バース!!!」
 ホウプは、思わず叫んだ。
 身を乗り出すホウプを、カルマが手で制す。
「ホウプ、続きがあるぞ」
 4人は映像に意識を集中させた。
 バースは、兵士たちに何かを指示していた。兵士たちは、何かを組み立てている。 
 バースが、フシンの兵士に指示をしている…
「…バース、フシンの味方になったのかな」
 ライクは表情を変えずに言った。
 カルマは映像のボタンを操作し、バースをアップにする。
 そしてその後、兵士の顔をアップにした。
 バースの動き…

「…間違い無い。バースに、罪人が憑りついている」

「!?」
 カルマの一言に、ホウプとドリームの目が驚きで見開かれた。
 バースのふらふらとした動きは正に、過去に罪人に憑りつかれた者たちと同じだったのだ。
 フシンのホンメイの時では無く、ホウテイのガクリの時に近いかもしれない。
 まだ憑りつかれたばかりで、ガクリのように言葉を発して兵士に命令することが出来るのだ。
 そして、兵士の表情。過去に見た呪われた兵士たちと全く同じ目をしていた。
 こちらも、正気を失っていたフシン兵よりは、冷静さを保っていたガトの兵に近い。
 今のうちに罪人を倒せば、大きな被害は出ないかもしれない。
 カルマは3人を見回して言った。
「バースの中から罪人を追い出せばバースは元に戻る。その時にバースを連れ戻す。
だが、最近のフシンの様子が分からない。私は今から様子を見に行く」
 どの国とも交流の無いフシンの情報を入手する術は無い。自分で見に行くしか無いのだ。
 そこで、ホウプも名乗り出た。
「俺も行く。ギルド長として、幹部の様子をちゃんと把握したい」
 ギルド長が出掛ける場合、代わりに幹部の誰かがギルドに残らなければならない。今はライクとドリームだ。
 カルマは頷き、歩き出した。
「分かった。行くぞ、ホウプ」
「ああ。2人とも、ギルドを頼む」
 ライクとドリームは頷いた。
「分かった」
「任せて!」
 カルマとホウプは、走り出した。


 2人は鉱山を登り、映像にあった谷間で来た。
 カルマは、すぐに異変に気付く。
「…橋が無い」
 2人が谷の底を覗くと、下方の川に壊れた橋の残骸が見えた。
 ホウプは焦りを隠せずに居た。
「誰かが落としたのか…?このままじゃ、フシンに向かえねーじゃねえか…」
 その時。

 まるで2人が来るのを待っていたかのように…
 フシン領の奥から、バースが現れた。

「バース!!!」
 ホウプは思わず、叫び声を上げる。
 フシン領にバース。ホウテイ領にホウプとカルマ。
 谷を隔てての対面となった。
 バースは、こっちをじっと見つめている。
 バースの様子を見て、カルマはとあることに気付いた。
「…お前は、バースか?」
 カルマは、バースの耳に届く声で尋ねた。
 バースは不敵な笑みを浮かべ、
「ええ、そうよ」
 と答えた。
 考え事を始めたカルマを尻目に、ホウプもバースに尋ねる。
「バース、何をしている!?フシンの味方に付いたのか!?」
「…」
 バースは笑みを浮かべながら答える。目は笑っていなかった。
「そうよ。私…やりたいことが見つかったの。フシンと一緒に各国を制圧して、この大陸を統一してみせるわ」
「!?」
 ホウプは言葉に詰まった。バースは罪人に憑りつかれているはずだが、バースの言葉には強い意志を感じたからだ。
 バースは、はっとする。
「…いけないわ。余計なことを話してしまいそう。じゃあね、ホウプ、カルマ。楽しかったわ…本当に。ライクとドリームにもよろしくね」
 そう言うとバースは、2人に背を向けて歩き出した。
「待て、バース!!!」
 身を乗り出したホウプを、カルマは手で制す。
「ホウプ、落ち着いてくれ。話さなければならないことがある」
「…?」
 2人は、向かい合った。
「…バースから、罪人の気配を感じなかった。呪われてもいない。あれは…バース本人の言葉だ」
「…な…何だと…」
 愕然とするホウプを見て、カルマは更に声を絞る。
「映像では、バースの様子は明らかにおかしかった。あの時点では、罪人に憑りつかれていたと思う。
だが…何かしらの理由で、罪人はバースから離れたのかもしれない。前例が無いから推測だがな」
 ホウプは唇を噛み、再び谷の向こうを見た。どちらにしろ、橋が無いので向こう側に渡ることは出来ない。
 カルマは少し考えた後、ホウプに再び話しかけた。
「ホウプ、一旦出直そう。今後のことを考えなければならない。私も…考えごとをしたい」
 ホウプは難しい表情で、カルマとフシン側の方を交互に見た。
 すると、ふぅ…と、ため息をつく。そして、久々に少し笑った。
「…そうだな。まだ何とかなるかもしれない。一旦帰るか、カルマ」
 2人は歩いて鉱山を下り、アジトへ向かった。


 夜。
 カルマは、いつもの酒場に居た。
 考えごとをするのに、何となくこのいつもの場所なら良い考えが浮かぶのではと感じたのだ。
 カルマは明日、フシンに向かってみようと思った。
 谷を渡ってでは無い。列車でガトを通って鉱山を迂回すれば、遠回りにはなるがフシンに向かえるのだ。
 罪人の”気”がどこにあるのかは分からない。今ここで”気”を探れば、体力を消耗してしまい身動きが取れなくなる恐れがある。
 しかしフシンの近くでフシンの内部に限定して探れば、それ程体力を消耗せずに済みそうなのだ。
 まずは、バースと罪人が分離したとして、その後どうなったのかを調べたかった。ホウプと今後のことを話し合うのは、その後だ。
 列車を使うので、ともかく明日だ。
 そこまで考えたところで、カルマの前にドリームが現れた。
「カルマー、疲れたね。ちょっと気晴らししようか!」
 ドリームは、両手に持っていた飲み物をテーブルの上に置き、カルマの前に座る。
 そして、
「何か楽しい話、しよっか!」
 と、笑いながら言った。
 ドリームも、ホウプからバースの話は聞いているだろう。色々考えているうちに疲れて、気晴らしをしたくなったのだ。
「ねえカルマ。カルマって勉強好きだよね。カルマ、あたしの国の言語って興味ある?」
「…まあな」
 カルマはあらゆる知識を求めている。ここは素直に頷いた。
 ドリームは嬉しそうに笑い、続けた。
「あたしの国だと、字はアルファベットで書くんだよね。こうやって…」
 ドリームは紙とペンを取り出し、アルファベットを書く。そして、
「この大陸の言葉も、その気になればアルファベットで書けるよ」
 と言い、その使い方を説明した。
 カルマはその紙を手に取り、「なるほどな…」と呟きながら指を滑らせる。
 ドリームは、思い付いたように言った。
「カルマって、アルファベットでいうと、母音ってカンジ。子音と組み合わせると別の単語になるんだよ。
子音はカルマが出会ってきた人たちかな~?」
 カルマがドリームの言った意味を考えようとしたところ、ドリームは間髪入れずに聞いた。
「大陸の人の名前って、漢字で書くんだよね?」
 カルマは答える。
「ああ。名前は漢字で決める。だが、普段使う時はカナを使う。
それは昔、外の国と交流があった頃の名残だそうだ。外の国の者に漢字は難しいからな」
 それを聞き、ドリームは満足そうに言った。
「私、言葉って好きなんだ。”ドリーム”、”夢”。漢字っていいよね。好きだなあ。機会があったら勉強したいな」
 ドリームは、未来を見つめるかのように、天井を仰いだ。
「…これから先、色んなことしてみたいな…よし、元気出た、がんばろう」
 最後は自分に言い聞かせるように言い、立ち上がる。
「カルマ、ありがとう。いい気晴らしになったよ」
「…ああ」
 自分自身もいい勉強になったカルマは、素直に頷いた。ドリームはカルマの肩をポンと叩き、酒場を後にした。
 カルマも、明日やるべきことがまとまったので、ギルドに戻ることにした。

 罪人に関して、予想外のことが立て続けに起こる。
 だが、とりあえず今は、出来ることをするしかない。










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