「業」





 図書館で、カルマとカエデのやり取りが日常となっていたある日。
 カルマは、ガトの城に招かれた。
 いつものカルマなら断るところだが、カエデはカルマに断られないようにあらかじめ準備をしていた。
 カルマが招かれた客室。そこに居るのはカルマとカエデだけである。
 カルマは剣を従者に預け、カエデは護身用に腰に剣を下げていた。
 カエデは来てくれたカルマの手を取り、歓声を上げる。
「来てくれてありがとう…!剣を持っているのは私だけという条件で、従者無しで2人きりに出来たわ。
これでカルマは自分の正体を気にせずに私と話が出来るはずよ」
 カルマは納得し、静かに頷いた。
「私が姫だなんて、驚いたでしょう」
「いや、知っていた」
「そうなの!?」
 そんなやり取りをしながら、2人は客室にある椅子に座った。
 カエデは一度咳払いをし、真剣な表情になって話し始めた。
「カルマの居たマイオウギは、城の周りを都が囲っていて、更にその周りに小さな町や村が寄り添っている。
1つの国が1か所に全て密集しているでしょう?でもガトは違うの」
 カルマは、マイオウギとフシンの様子を思い出した。
 カルマもフシンについて口にする。
「フシンは、国全体が高い塀に囲われていた。内部は見えなかったが、多分マイオウギのように1つの国が1か所に密集しているのだろうな。
ガトはどうなんだ?」
 それを聞いたカエデは、1枚の紙を広げた。
 それは、大陸の地図だった。
「これは…地図が出来たのか?」
 そうカルマが言うのも無理は無い。
 カエデはカルマの目を見て言った。
「そう。ついこの間、描かれたばかりの地図よ」
 この大陸の全体像というものが、今まで確立されていなかった。それが最近になって確立され、ようやく地図という物が描かれたのだ。
 カエデは、地図に指を滑らせながら説明する。
「この大陸には、3つの国が存在するの。左下が起区:フシン、右下が結区:マイオウギ、そして上半分が承区:ガト」
「広いな」
 カルマの一言に、カエデは首を横に振る。
「一見広いでしょう。でも、ガトは町や村が1か所に密集していないの。
”承区:ガト”という国の、”ガト”という都が、私たちの今居るこの城と都。地図でいうと右上の所ね。
そこから左に向かって街道が伸びていて、街道の途中に町や村が点在しているの。それらの町や村が、承区:ガトの一部なのよ」
 カエデは説明しながら、街道を指で左に向かって滑らせた。
 そして指は、終点の街で止まる。
「街道の終わりにある大きな街。地図では左上にあるのが、この…」
「!?」
 カエデの説明の途中で、カルマは突然席を立ち、辺りを見渡し始めた。

「…」

 カルマは目を閉じ、意識を集中させる。
 カエデも何となく息を潜め、辺りを見渡していた。
 しばらくそうした後。カルマは目を開けて何事も無かったように席に着いた。
 カエデは考えを巡らせ、口にしてみる。
「…罪人(つみびと)…気?呪いだったかしら…?そうなの、カルマ?」
 それは、文献による知識だった。
 カルマはしばらくカエデを見つめ、すっと席を立ち言った。
「そうだが…気にするな。お前には多分関係無い」
「…そう」
 カエデも本当はもっと詳しく知りたいのだが、カルマに嫌われたらもう来て貰えなくなると思い、すんなり引き下がった。
 カルマはカエデに軽く一礼する。
「今日はもう行かなければならない。続きはまた今度…頼めるか?」
 カエデの顔が、再び輝いた。
「もちろん!!またいつでも来て頂戴…!」
 すぐに歩き出したカルマを、カエデは入り口まで見送った。


 夜。
 カルマはガトの城の裏にある、森林に来ていた。
 そして再び目を閉じて、意識を集中させる。

 カエデの言う通りだった。カルマは、罪人の気配を感じたのだ。

 マイオウギで罪人を取り逃がしてから数十年。カルマはこの時を待っていた。
 しかし…
 カルマは目を開き、少し考え込む。
 気配は感じたのだが、罪人の”気”がまだあちこちに散っているように感じる。
 実体を表す直前なのだろうか?
 散っている”気”を1つ1つ確認したい気持ちもあったが、量があまりにも多く現実的ではないような気がした。
 カルマは”気”が1か所に集約するまで、何日か様子を見ることにした。


 数日後、カルマは再びガトの城の客室に居た。
 先日の話の続きである。カエデは、左上にある街についての続きを話した。
「この街が、承区:ガトの一部であるホウテイ。昔は小さな村だったらしいけれど、ホウテイは鉱山に囲われていて、
どんどん栄えて大きな街に発展したのよ。そして…ある日、独立宣言をしたの」
 カルマはその話を、興味深そうに聞いていた。
 カエデは続ける。
「”転区:ホウテイ”という1つの国として、独立を宣言した。ガトとして、それは認められなかったのよ、
鉱山を失ったら国の収入が減ってしまうから。それから数十年、戦が続いていた」
「終戦すると言っていたな」
 カルマも、マイオウギで知ることが出来る範囲でなら、ガトのことは調べていた。
 カエデはカルマの言葉に頷き、続ける。
「このままでは、鉱山以上に大きな物を失ってしまうから。ガトは、ホウテイの独立をついに認めたのよ。
今度、終戦協定が結ばれるの!やっと平和になるのよ」
 話はこれで終わりのようだ。カエデは「うーん」と伸びをした。
 カルマは話を聞き終え、
「なるほどな」
 と呟くと、
「…お前、何で私のためにここまでやるんだ?」
 と、素朴な疑問を口にした。
 カルマの疑問は最もだ。いくら同世代の知人が出来て嬉しいからといって、ここまで実用的な支援という形になるだろうか?
 もし、神の遣いとしてのカルマに興味があるという形だとしても、それにしてはカルマのことについてあれこれ聞いてくる訳でも無い。
 カエデは、満足気な表情でこう言った。
「カルマと同世代、カルマへの興味…が、もちろん理由よ。
だけど…一番の理由は、私が蓄えてきた知識をこうして披露出来て…しかも、その知識が神の遣いの使命に役立てられるだなんて、
こんなに誇れることは無いわ。ついに形になるのよ、私の学びの積み重ねが!」
 これでカルマも納得がいった。カエデは、蓄えた知識を生かす場所を探していたのだった。
「そうか。では、また来てもいいのか」
「もちろん、いつでも来て!」
 カルマとしては、かなり都合がいい。カルマは人と深い繋がりを持つことは出来ない。
 しかし、カエデとなら、知識を得る以上の関係にはならないことが分かったからだ。
 カルマはカエデから必要な知識を引き出し、その間に罪人を倒す機会があれば倒す、という形を取ることにした。


 再び、夜。
 カルマは先日と同じ森林に来て、意識を集中させた。
 今だに”気”はあちこちに散っている。
 とりあえずカルマは、気配の範囲だけでも特定しようとした。
 気配がするのは、この森林の周辺。街道の周辺。
 そして…










→「楓」