1817年 某日。
カルマは、承区:ガトの宿からガトの図書館や城に通っていた。
今日はカエデが、カルマに城の内部を案内してくれるようだった。
戦が終わることもあり、部外者だが(一見)少女であるカルマの見学は認められた。
カエデは城内を歩きながら、カルマに説明をする。
「旅人さん、ここが地下牢への階段よ」
もちろん、カルマの名前は伏せられたが。
「そしてこちらが兵士宿舎への回廊。元々は防衛としての軍隊だったのだけど、ホウテイとの戦が始まってからは戦うための軍隊となったのよ」
カエデはそう言い、自分の腰に下げられている剣に手をやった。
「私も軍隊と同じ訓練をしているの。もし何かあって実戦になっても、自分で戦えるのよ」
自慢気に話した。
カエデは、何かを思い出したようにはっとする。
「そういえば、街道に凶暴化した獣が出るようになって、時々軍隊が退治をしに行っているのよ。
戦が終わったら、各地に軍を配置する予定なの」
「…凶暴化?」
獣の凶暴化など、カルマも聞いたことは無かった。
カエデは続ける。
「近年、そういう報告が増えているのよ。原因は分からないけれど、民は国が守らなくてはね」
カルマは考えた。罪人(つみびと)の呪いが、獣にも作用したのか?
しかし、そんな例は過去に無い。
カルマは、別の話題をカエデに振った。
「天井のあれは何だ?」
カルマが指差した天井には、四角い枠と取っ手があった。
「あれは、天井裏という物よ。今の建築様式になってから利用されるようになったの。
屋根と天井の間に生まれた空間をうまく利用しているのよ」
カルマはカエデの説明を聞きながらも、次のことを考えていた。凶暴化した獣のことを調べてみようか、と。
すると、そこへ誰かの声が。
「姫、城にホウテイの使者が見えたそうです」
話しかけてきたのは、いつもカエデと図書館に来ていた女の従者だ。
「え、協定は後日では無かった?早いわね」
カエデは驚きを隠せない。
しばらくすると、城の入り口の方から怒号が聴こえてくる。
「くせ者だ!!兵を呼べ!!!」
「!?」
体が硬直したカエデと従者を、カルマは背中の方に追いやった。
「逃げろ、奥へ!!」
カエデと従者は奥の謁見の間へ走って行った。
カルマは今丸腰だが、カルマ程の技能があれば丸腰でも危険は無い。
兵士が開戦している声と音が聴こえる。カルマはその場で様子を見た。
しばらくすると、入り口の方からホウテイの兵士がぞろぞろと近づいてきた。
カルマは、目を疑った。
この兵士たちは、罪人の呪いを受けている…
彼らの目を見て分かった。呪いを受けたフシンの兵と全く同じ目をしていたからだ。
しかし、カルマは罪人はまだ実体化していないものと考えていた。これは一体どういうことだろうか?
そしてもう1つ、カルマを驚かせたことがあった。
ホウテイ兵の1人が、ガトの民の女性を人質に取っていたのだ。
呪われている者でも、こうした戦略的な行動を取ることが出来るものなのだろうか?
「どけ!!王に会わせろ…!!」
兵士の1人がカルマに言い放った。ガトの兵も恐らく、人質があったから道を譲っってしまったのだろう。
兵士以外にも大臣などが城に居るだろうが、この状態では彼らも恐らく動けない。
カルマは通路を空け、兵士たちを通す。そしてその後を、こっそりと付いていった。
「この都は、今日から転区:ホウテイの一部だ」
謁見の間でも、王と王妃は人質のために動けずに居た。
通常であれば、人質以前にここまで突破されるはずが無い。ガトとホウテイは今まで互角に戦ってきたのだ。
こうなってしまったのは恐らく、ホウテイ兵の罪人の呪いによる能力の向上、そして戦が終わると思っていたガトの油断だ。
こっそり武器を取り返したカルマは、後ろからこの様子を見ていた。
違和感を感じる。
おかしい…罪人の呪いにしては、行動が冷静すぎる。
王は動けないながらも、言葉を絞り出した。
「お前たち…こんなことをして、只で済むと思うか…?」
兵士が人質に剣を突きつけ、王は再び口を閉じる。
王や王妃は呪いのことなど知らない。単純にホウテイが裏切ったと思っていた。
兵士は、王と王妃を縄で縛り、拘束した。
そして、カエデと従者も拘束しようとした時…
「待って、私とその人質を交換しなさい」
カエデが言った。
王妃が悲鳴を上げる。
「大丈夫よ、お母様」
緊迫した空気の中、静かにカエデと民の女性の交換が済まされる。
女性は泣きながら、小さな声で「姫様、すみません…」と呟き、よろけながら謁見の間を出ていった。
「…これでいいわ」
カエデに剣が突きつけられる中、王と王妃は別室へと移されて行った。
カルマはひたすら考えている。
この状況はまずい。
罪人の影響によって国が動こうとしている。
しかし、罪人の気、呪い…予想していない事が立て続けに起きている。
今、やるべきことは何か。
今この状況を、カルマの力で何とかするべきか。しかし、今のところ王たちは拘束だけで済んでいる。
今のうちにホウテイに行って、現れたであろう罪人を何とかするか。
いや、ガトの兵士はどうなっただろうか。死人が出てしまったのか?
カルマは迷っていた。
その時、事態は急展開を迎える。
兵士の隙を見て、従者が兵士に体当たりをしたのだ。カエデはその勢いで人質を逃れた。
「姫!!さあ逃げて!!!」
「アリア!!!」
カエデは叫んだ。アリアとは従者の名だろう。
体当たりを喰らった兵士は怒り、今まさに従者に斬りかかろうとしていた。
まずい…!
兵士の剣を振り下ろす腕を、手で掴んで止めたのは、カルマ。
「カルマ!!」
カエデは歓声を上げた。
罪人に関することで、死人を出すのは好ましくない。カルマも手を出さずには居られなかった。
しかし、ここで更に予想外のことが起きる。
「姫は私が守る!!!」
従者…アリアが、自ら兵士に掴みかかったのだ。
カルマは自分の手で兵士を投げ飛ばし、
「やめろ!!」
と叫んだ。相手を刺激してはいけない。
しかし、手遅れだった。
「えっ…」
別の兵士が、アリアの胸を槍で貫いた。
「あ、アリア…」
カエデは叫んだ。
「アリア!!!!!」
絶命したアリアに泣きついたカエデに、怒り狂った兵士が斬りかかろうとする。
それを再びカルマが手で止めた。
「カエデ、逃げろ!!」
「嫌よ!!!アリアを置いていくなんて!!!嫌!!!」
泣き叫ぶカエデに、カルマは絞り出すように言った。
「止められなくて…すまない。私が止めるべきだった。カエデ、頼むから今は逃げろ。お前は死ぬな。ここは私が抑える。さあ、行け…頼む…」
カルマは兵士と対峙しているので、カエデからは表情はよく見えないが…
カエデの心は突き動かされる。
カエデは入り口の方ではなく、窓の方へと走った。
そして枠に足を掛ける。
カルマは、はっとした。
「カエデ、その高さでは助からないぞ!!!」
カルマの叫び声に、カエデは少しだけ振り向いて、優しくささやいた。
「…大丈夫。”楓の木”が、私を守ってくれる…」
カエデは、一切の迷いもなく、飛び降りた。
「カエデ!!」
カルマは兵士たちを振り払って走り、窓から下を覗いた。
眼下には、カルマが夜に来ていた森林が広がっている。これが楓の木か。
「カエデ!!!」
カエデは、どうなったのだろうか…?
カルマは我に返った。
我を失っている兵士たちに、カルマは取り囲まれていた。
彼らをみねうちで気絶させ、脱出するのが得策だが、カルマは彼らからホウテイの情報を聞き出したかった。
先程までの冷静な彼らだったら、会話が通じるかもしれない。
しかし今は、興奮…と、呪いが入り混じったせいだろうか?完全に我を失っている。
カルマは彼らを、先程の状態に戻したかった。部屋には10人だ。いける。
「かかってこい」
カルマは鞘を抜かずに剣を構える。
「お前たちの体力の限界まで、相手をしてやる…」
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