「巫女」





 カルマは、関所のような小さな塔へ向かった。気配が近い。おそらくここだ。
 近くに居たフシンの兵士たちにみね打ちを食らわせ、カルマは気配のする塔の頂上へ向かった。
 そして、カルマ頂上で見たのは…

 ふらふらとした兵士の男だった。ふらふらとしているが、背筋がゾッとするくらいの、深い深い黒、邪気を纏っている。
 男は武将とされているが、言葉や行動で指示を出している訳では恐らくない。
 男の邪気そのものが、兵士たちに指示…いや、呪いのようなもので操っているようだった。
「…お前だな」
 カルマはそう呟き、抵抗する様子もない男…ホンメイに、一撃大きな打撃を食らわせる。
 すると、ホンメイの体から幽体離脱するかのごとく、黒い影がすっぽりと飛び出して来た。
 黒い影…人間の男のように見えるそれに向かい、カルマはついに剣を抜く。
 剣は、例の力により強く光り輝いた。ついにこの力を使う時が来た。
「罪人…覚悟しろ!!!」
 カルマは地を蹴った。
 カルマの振るった光の刃は、罪人の脇をかすめる。罪人が間一髪で避けたのだ。
 罪人にもまるで意志があるかのように、動き回って次々と繰り出されるカルマの攻撃を避けていく。
 そして、罪人も手をかざし、そこから衝撃波のような物を放つと、カルマもそれを避けながら戦った。
 勝負は互角。
 しかし、一瞬のスキ突いてカルマがついに、罪人に確実な一撃を食らわせる。
 そこから畳みかけるように数発。
 あともう一押しだ。そう思った瞬間だった。

 罪人の体が闇に包まれ、大気中に拡散され、消えた。

「…どこへ行った!?」
 カルマの叫び通り、倒したから消えた訳では無かった。
 何故なら罪人の”気配”は消えなかったからだ。
 しかし、今回は方向が分からない。どこかに潜んでいる…ような気配だった。
「神よ、罪人はどうなった?」
 カルマは、神も今の様子をどこかで見ているのではないかと考え、神に聞いてみる。そして…
「…そうか」
 と、小さい声で呟いた。
 カルマが生まれ落ちた時のように、神の声が聴こえた。

 罪人は間一髪の所で空気へ溶け出し逃げ、今は回復するまで力を蓄えている。

 とのことだった。
「一撃で仕留めなければならないということか?…次に奴と会う時まで、その方法を考えておく」
 カルマは神にそう伝え、深呼吸をした。

 今回は取り逃がした…が、もう次のことを考えなくては。

 ふとカルマは、倒れていたホンメイが目を覚ましたことに気付く。
「…ここは…?私は…何をしていた…?」
 状況を把握できないでいるホンメイに、カルマは話しかけてみる。
「お前は、フシンの武将だろ」
「武将?私がか?そんな馬鹿な…いや、そんな気もする…よく思い出せない…」
 どうやらホンメイは、罪人に憑りつかれた時のことを少しだけ覚えているようだった。
 カルマは更に言った。
「お前は、フシンの武将だ。今は戦いの最中だが…恐らく不利だ、引くか?」
「…」
 ホンメイは考えた。名も無かった自分が、フシンの武将になれたことについて。
「私は…使命を全うしたい!」
 ホンメイは走り出し、塔から出て戦場へ向かう。
 カルマは引き止めようか迷った。元々この状況は、罪人が作り出した物だ。
 しかし彼が戦うと決めた以上、それを止めるのは勝手なのだろうか?
 迷いながらも塔の頂上から戦場を見下ろす。
 ホンメイは武将として兵士に指示を出したり、自身も必死に戦ったが、元々は名も無き兵士。
 実力がある訳では無かったので軍は押され、そして…
 ホンメイは、一人のマイオウギの兵士に体を貫かれ、一生を終えた。
 カルマは一人の勇敢な武将の最後を、しっかり目に焼き付けた。

 フシンの軍は罪人の呪いから解放されていたので、武将が倒されたことにより冷静に撤退を始める。
 マイオウギ側も彼らの呪いが消えたことを察したので、後を追わずに見届けていた。


「リゾク」
 そして、まだ消えずに済んだカルマは、リゾクの元へ戻ってきた。
「カルマ…何だよ…戻ってくるんじゃないかよ…」
 リゾクの中の張り詰めた覚悟と喪失感は一気に解け、思わずカルマの手を取り涙ぐんでしまった。
「私も消えるつもりだったんだがな。罪人の新しい気配があるまで、しばらくまた世話になるかもしれない」
「こうなったらもう、ずっと消えるなよ…!」
「それは困るが」
 確かにそうだが。リゾクは自分で涙をぬぐい、笑った。


 結区:マイオウギ城に、軍隊、リゾク、そしてカルマは帰還した。
 とりあえず、まずは王への報告を済ませる。罪人をフシンから引き離したことにより、最悪の結末は回避出来た。
 戦争はこれからも続くかもしれないが、それはマイオウギとフシンが解決していく問題だ。

 報告を済ませたリゾクとカルマは、ミコと再会した。
「2人とも、よくぞご無事で…!!」
 ミコは、カルマが消える・消えないのやり取りは知らないが、2人が無事帰って来たことを素直に喜んでいた。
「ところで、罪人が居なくなった今、カルマはどうするのです?」
 そこはリゾクも気になっていることだ。カルマは先程、しばらくまた世話になるかもしれないと言ってはいたが。
 カルマはしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「そうだな…新たな罪人の気配がするまで、世話になってもいいか。
奴がまた現れた時に迅速に対応出来るよう、大陸の情勢や国ごとの特徴なんかをまだ資料室で調べたい」
 それを聞いたリゾクとミコの顔が輝く。
「そうしようカルマ!父上にも言っておこう。カルマの今回の功績を考えれば、兵士にならなくても城にいる権利はあるだろう」
「私たちも、カルマから助言などを度々頂きたいですわ。私たちも、まだ学ばなければならないことが沢山あるのです」
 カルマは、とりあえず頷く。しかし。
「罪人がどこかに現れたら、すぐに出ていくが、それでもいいか」
「いいですわ」
 ミコはカルマが消える話を知らないので、そう答えた。しかしリゾクはやはり渋々という形になる。
「…そうだな…それは覚悟しておく。しかしカルマ、罪人が現れなかったら、ずっとマイオウギに居てくれるか?」
「…」
 カルマは考えた。
「長い間1つの場所に留まる…ということは、出来ればしたくないが。神の遣いである私が1つの国に関わり続けることは避けたい」
 それは、以前カルマが言っていた人間の問題は人間で解決、という話に掛かっていた。
「お前たち2人は、いつ頃まで私にいて欲しい?」
 今度はカルマが2人に聞く。
 リゾクとミコからすれば、ずっと居て欲しいに決まってはいるが…
 ミコは、思いついたように答えた。
「そうですわね。カルマは不老長寿なのですわよね?…なら、私とリゾクの間の子供が死ぬまで!」
 ミコはまさに、思いつきで言っただけなのだが。
「お前たち、結婚するのか」
 カルマには中々効き目があったようだ。その少し驚いた表情は、リゾクとミコには喜んでいるように見えた。
 リゾクは少し照れくさそうに答える。
「小さい頃から決まっていることだからな。カルマ、それでいいか」
「…ああ」
 カルマは、2人の顔をしっかりと見て頷いた。
「罪人が現れなかったら、お前たちの子供が死ぬまでマイオウギに居よう。約束する」
「必ずだぞ」
「必ずですわよ」
「ああ」
 3人は、輪の中央でがしっと握手を交わした。
 その日から、カルマの結区:マイオウギでの日々が始まったのだった。










→「奔命」