「奔命」

・ほん‐めい【奔命】

主君の命を受けて奔走すること。転じて、忙しく活動すること。






 1757年 某日。

 あれから2年の歳月が流れた。
 17歳だったリゾク、16歳だったミコはそれぞれ19歳、18歳になり、リゾクはカルマの見た目年齢の19歳と並んだ。
 リゾクとミコの結婚の儀は、リゾクが20歳になった時に行われるらしい。
 結区:マイオウギと起区:フシンとの戦いは罪人(つみびと)が現れる以前に戻り、時々戦っては一時的に休戦をし、を繰り返していた。

 カルマはというと、資料室で勉強をしつつ、リゾクとミコの護衛や勉強係を主にこなし、時々外に出て天気や地層について調べる、
 という日々を送っていた。
 ある日。カルマがいつものように資料室で調べ物をしていると、そこにリゾクが入室してくる。
「カルマ、話がある」
 カルマは調べ物をしたまま、
「何だ」
 と軽く返事をした。
 リゾクはカルマのいつもと同じ反応に動じずに、意を決したように叫ぶ。
「カルマ、好きだ!!私と一緒になってくれ!!!」
「…は?」
 カルマは思わず、手にしていた資料を落としてしまった。
 あまりにも予想外だ。
 カルマもリゾクとミコが一緒になることを前提で考えている上、リゾクが自分に対して抱いているのは、興味や友情だと思っていた。
「…無理に決まってるだろ」
 一度は驚いたカルマだが、すぐに冷静になっていた。
 すると、リゾクはリゾクで、
「分かっている。言ってみただけだ」
 と冷静に返して来た。
 カルマは眉をひそめてリゾクをまじまじと見る。
「…何のつもりだったんだ?」
 カルマは察していた。これは、ただの告白ではないと。
 リゾクは言った。
「これで踏ん切りがついた。子供時代は終わった」
「そうか」
 カルマは、これがリゾクにとって子供時代との別れの儀式か何かなのだろうと考えた。
 リゾクにとって、大切な女性はミコである。それは変わらない。
 しかし、ある日突然現れたカルマという女性に、憧れや愛情を感じるようになっていったのも1つの事実だった。
 リゾクはそれを、友愛だと割り切ることにしたのだ。
「私はミコと一緒になるよ。これからもよろしくな、カルマ」
「ああ。約束は守る…必ずな。”その日”が来るまで、私はマイオウギに居よう」
 2人は改めて、握手を交わした。


 1758年 某日。

 リゾクとミコの結婚の儀が、無事執り行われた。
 罪人の気配は、まだ無い。カルマは、今は罪人のことは忘れて2人のことを素直に祝福しようと思った。


 1761年 某日。

 リゾクが23歳の時であった。
 リゾクとミコの間に、無事子供が生まれる。男だった。
 マイオウギ中が歓喜に包まれ、ほんの少しだけ国を明るく照らした。
 そして入れ代わるように、リゾクの父である王が病でこの世を去る。
 予定通り、リゾクが王位を継いだ。
 王の病死に国民は落ち込みかけたが、リゾク、ミコ、その息子の存在に心を救われて希望を取り戻す。
 そして、新しく責任を負うことになったリゾクとミコだが、2人にはカルマが居てくれたので心強かった。
「私に頼るのは、やめた方がいいと思うが…」
 違う。リゾクとミコにとって、カルマは…
「神の遣いとか、力とか、私たちには関係無い。友達が居てくれて心強い。ただそれだけだ」
「そうです。私たちは、もしあなたが神の遣いでは無くなっても側に居てほしいのです」
 リゾクとミコにとって、カルマはあくまで”友達”だった。





 1771年 某日。

 罪人の気配は、まだ無かった。
 そして、この時期あたりから…リゾクとミコは実感することとなった。
 リゾクは今年で33歳、ミコは32歳になる。

 しかし、カルマは19歳のままだった。

「本当…なんだな、カルマ。年を取らないとは…」
「そうだ。何度も言っただろう」
 リゾクの言葉にもカルマは動じることなく、いつものように無表情だった。
 ミコは悲しげな表情をして、カルマの肩をそっと叩く。
「カルマ…あなたは大丈夫なのですか?自分だけ年を取らないだなんて…」
「…何のことだ?」
 リゾクとミコには、カルマが全く動じていないように見えた。
「私は生まれてからこの運命を知っている。そこに関してどう思う、こう思うという概念自体が存在しないんだ。
お前たちの期待しているような反応は出来ない。…すまない」
 リゾクとミコの心に、様々な気持ちが去来する。しかし、実は逆に安心したという心が強く残った。
「カルマが悲しくないのなら、それでいい。それで良かった…」
「そうですわね…不老長寿が悲しければ…使命を背負いきれないですものね」
「それはそうだ」
 カルマが何者であろうと、どう考えようと、リゾクとミコにとってカルマは友達だ…
 2人はこの件で、その気持ちを更に強くしたのだった。


 時々リゾクが戦地へ行ったり、不安な日々もあったが、何ごとも無く月日は流れていった。





 1783年 某日。

 45歳になるリゾクは、病の床に居た。
 この時代、命を落とすのは大概、戦争か病かどちらかである。
 平均年齢は50程であったが、リゾクは45歳の時点で命の灯が尽きかけていた。
「…ミコ…カルマ…そこに居るのか…」
 すっかり老け、痩せ細ったリゾクが布団に伏せている。
「居ますわよ、リゾク」
「居るぞ」
 その傍らには、ミコとカルマが居た。息子は戦に出ていて、ここには居なかった。
 リゾクはもう助からない。これはきっと、リゾクの最期だった。
「カルマ…」
 19歳のままのカルマは、45歳のリゾクの顔を覗き込んだ。
「どうした、リゾク」
「…約束…」
「ああ、約束は必ず守る。お前の息子が死ぬまで、マイオウギに居よう」
 リゾクは、弱々しくも嬉しそうに笑った。
「内容より…約束してくれたことが、嬉しかったぞ…」
「…」
「ありがとう…」
「…こちらこそ、ありがとう」
 カルマは口元に笑顔を作り、リゾクの元を離れる。
 カルマはリゾクの死期を悟り、ミコ以外の人間を全員部屋の外へ出した。
 リゾクの最期は、ミコと2人だけにしてあげた。

 そしてそのまま、リゾクは帰らぬ人となった。


 1784年 某日。

 ミコはリゾクと同じ病気に倒れ、床に伏せていた。
 皮肉にも、リゾクと同じ45歳であった。
「…カルマ…」
 リゾクはもう、この世には居ない。息子も皮肉なことに、リゾクの時と同じく戦で居なかった。
 すっかり老け、痩せ細ったミコの傍らには、カルマが居た。
「ここに居るぞ、ミコ」
 ミコの顔を覗き込んだ、19歳のままの綺麗なカルマの顔に、ミコは手を伸ばす。
 カルマはその手を取った。
「ミコ、どうした」
「…カルマ…幸せに…」
 ミコは微笑んだ。
「…幸せに…なって下さいね…」
 罪人さえ倒せることが出来れば思い残すことは何も無い。きっとそれが自分の幸せだ、とカルマは思った。
「分かった、幸せになる」
「…カルマ…」
「ミコ」
 それが、ミコの最期の言葉になった。

 ついにミコも、帰らぬ人となった。