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夜。
カルマ、リゾク、ミコの3人は、中庭に居た。そう、ここはリゾクとミコがカルマと出会ったあの日、2人が塀から落下する直前に居た場所だ。
資料室は夜には閉められる。今、誰にも会話を聴かれずに済むのは、ここだけだった。
「カルマ、事情は聴きましたわ」
やはり、ミコはカルマの言葉を全て信じた。
リゾクが口を開く。
「カルマ…考えたのだが、呪いの話なら父上に信じて貰えるような気がするんだ。
そして、カルマは”神の声が聴こえる予言者”としてこの国に現れたことにすれば…」
カルマは、驚きすぎて思わず咳込みそうになる。
「…お前、本気で言ってるのか…?」
「ああ」
リゾクは真剣な表情であった。
「この国の者は皆、困った時は神が手を差し伸べてくれると信じている。父上もそういった考え方を強く持っている。きっと信じるぞ」
既にカルマは冷静さを取り戻していた。
「それは知っている。しかし、だからこそ”神の声が聴こえる予言者”などという言葉をそう簡単に信じはしないだろう。
信仰とは、そんなに単純な物では無い」
「…でも…他にもう方法は…」
カルマは、リゾクとミコを交互に見つめる。
カルマには考えがあった。少し迷いはしたが、リゾクの案を聞き、確信に変わる。
「2人共。神がこの世界を災害から守っている、という話は知っているか?」
2人は頷く。
「ええ、知っています。しかし、最近は災害が増え…人間は神に見限られたと人々は口にしています」
「そしてもう1つ」
ミコの返答に、カルマは返事もせずに続けた。
「罪の祭壇を知っているな?」
これにも、2人は頷いた。
「ああ。人間が罪を犯したと思った際、その祭壇で罪の内容を告げ、反省の言葉を口にすれば罪は消えるとされている。
しかし、何ヶ月か前に嵐で崩壊してしまったようだ」
「それも、神に見限られたと思われる所以ですわ」
そう、2人の言葉が、この国・この大陸の信仰だった。
この大陸は神に守られているとされている。
しかし、最近はその力が薄れてきている、と思われていた。
カルマは再び、2人を見つめた。
「リゾク、ミコ。お前たちはこのことについて、どう思う?」
このこと。
「…?このこと…?」
リゾクが聞き返す。
「どのことだ?神に見限られたことか?」
しかしカルマは答えず、2人を見つめ続ける。
2人は悟った。
自分たちはカルマに、何かを試されている。
「神に見限られたのは…」
口を開いたのは、ミコだった。
「私たち人間が、争ってばかりだからだと思っています。きっと、神に呆れられているのです。でも…」
リゾクも頷く。言いたいことはきっと同じだ。
「でも、きっと今が重要な局面だと思っています。人間が神を信じるか信じないかということと、
何でも神にやってもらう、という考えは…違うような気がしていました…何を心の拠り所とするかは、人間の自由ですけれど、
最後に行動をしなければならないのは、自分です。そうあるべきなのです」
「それが聞ければ充分だ」
そう満足そうに答えたカルマは、ゆっくりと右手を、2人の前に差し出した。
手のひらを上に向ける。
刹那。
光った。
カルマの右手が、まばゆい光を発した。
「…え?」
さすがにカルマのことを信じ続けていたリゾクもミコも、すぐに目の前の光景を信じることが出来ずにいた。
しかしカルマはもう止めない。
「今から私が言う内容を、信じるか信じないかはお前たち次第だ」
カルマは続ける。
「私は、神の手で生み出された神の遣い、”業、カルマ”。罪人を狩るために生まれてきた。19歳の少女の姿で、突然生まれた。
罪人は、罪の祭壇で神の意思と関係なく突然生まれた霊体。人間に憑りつきその人間の心を、周囲に居る人間の心を狂わせる。
神は罪人を消すことが出来なかった…そこで生み出されたのが私だ。
人間と同じ姿、心を持つ私が、神から授かったこの力で直接罪人の体に攻撃を加える。それが罪人を倒す唯一の方法なんだ」
カルマの手から光が消える。
「どうだ、信じるか?」
「…」
リゾクとミコは、我に返る。
しばらくの間。
そして2人は、言葉を絞り出した。
「俺は、信じる…!」
「私も、信じます!!」
これらの言葉の意味は、本当に信じたかどうか、ではない。
そう言わないと、カルマが遠くに行ってしまいそうな気がして…
やっとカルマと親しくなってきたと思っていた。
しかし、今彼女が、一瞬で遠くに行ってしまったように2人は感じた。
「そうか」
2人には、カルマが喜んでいるように感じた。無表情だが、分かる。
カルマを引き戻せたような気がした。
「カルマ、いい案があるのだが…その光を、父上に見せたらどうだ?その光が、カルマが神の遣いである何よりの証拠じゃないか?」
「…光を…」
リゾクの意見に、カルマは頷く。
「いい案かもしれないな。手が光る人間なんて、後にも先にも私だけだ。
本当は不本意だが、もう他に方法はない…リゾク、明日王と謁見出来るように手配してくれ」
「ああ、明日までに何とかする」
話はついたが、ミコには疑問が。
「カルマ…その、神の力で、1人でフシンに立ち向かうことは、しないんですわよね…?
もしそれが出来るなら、マイオウギの兵士になる必要はありませんものね」
カルマはすぐに頷く。
「その通りだミコ。フシンに先に入ろうとしたが、旅人1人入れる気配では無かった。でも力ずくでは入らない。
この力を、私は人間に使う気は無い。使えば間違いなく情勢が大きく変わるからだ。人間の問題は人間で解決…それが、私の考えだ」
「やはり、そうなのですね。人々が自分で行動を起こさなければならない時なのですね」
リゾクとミコの心は、落ちついてきた。
今なら、カルマの言葉を素直に信じられる気がした。
次の日。
謁見の間に居たカルマは一通り事情を説明した後、王の前であの光を見せる。
「おお…!!」
王も、兵士も、従者も、侍女も、ほぼ全てが声を上げた。
王は改めて言った。
「我々は神に見捨てられたと思っていた。しかし、そうでは無かったのだな」
「そうだ。だが勘違いはしないでほしい」
王の言葉に、カルマは1つ忠告する。
「私の役目は、罪人を倒すことだけだ。兵士同士の戦いに関しては、国に任せる」
驚いていた王の顔が、再び引き締まる。
「罪人に操られていようが、人間は人間か?」
「この力を使ってしまったら殺める可能性がある。この力で人間の運命を大きく変えたくない。神と私の目標は、”人外の力”を持つ罪人だけだ」
王は察した。
「人間同士の問題は、人間同士で…?」
「そうだ。私は力を使わなければ、殺めない程度には戦える。
私を次の作戦に配属してくれれば、必要最低限の戦いにだけ参加し、途中から1人で行動し、罪人を討つ。どうだ?」
王はすぐに従者に指示を出す。
「次の作戦にカルマを入れるよう、手配してくれ!」
謁見の間を去るカルマを、人々の歓声が包んだ。
カルマは、個室に1人で居る。
試験をいくつかこなしてからは個室が与えられていた。
ただの少女で無いのなら、ミコと同じ部屋という訳にはいかない。
だからといって男だらけの兵士宿舎で、という訳にもいかない、ということだった。
もう夜だった。カルマは、枠から見える夜空を眺めていた。
「カルマ、出撃は3日後だそうだ」
リゾクが入室してきた。そして、
「リゾク、一言口にしてから入室しないと!カルマは女性ですわよ!!」
後ろからはミコが。
「3日後か」
カルマは静かに答えた。
リゾクはともかく、ミコは何をしに来たのだろうか。
「あのぅ…」
そう、ミコはカルマに話があったのだ。
「カルマは、神の遣いなんですわよね?人間とは…違うのですか?
いえ、違っても違わなくてもいいのです。ただ、あなたのことを知って理解しておきたいのです」
ミコは、カルマの返答を待った。もちろん、リゾクも。
「ここまで話が進めば、秘密にしても仕方ないか…」
カルマは、すんなりと答えた。
「私の体は、人間と同じだ。そう作られたから。違いは、この神から授かった力。ちなみに実力があるのは単純に人間としての技能だ。
そしてもう1つの違いは、寿命。罪人を倒すまでは年を取ることが出来ない」
ミコは頷き、そして続けた。
「心がある…と言っていましたわよね?それは、私たち人間と同じ物ですか?」
「全く同じかどうかは分からないが…似た者だとは思う。罪人に関する情報を得るために備えられた物か…?多分な」
ミコは続けた。
「なら…私とリゾクのことを、友達だと思っていますか?」
「…は?」
無表情だったカルマの顔が、驚いた表情に変わる。
これこそ、心がある証とも言えるが。
「友達?私たちがか?」
「ええ。私とリゾクは、あなたを友達だと思っています。カルマはどうですか?」
「私とミコは、カルマを友達だと思っている。どうだ、カルマ」
リゾクも続いた。
カルマは、少し考えながら答える。
「…友達…?さあな、よく分からないが、そうなんじゃないか?」
カルマも、友達の意味くらい知っている。
親しい人。
「確かに、親しいといえば親しいな。友達なんじゃないか?」
カルマのその客観的な言い方が、何だか面白おかしく2人は感じたが、それが逆に嬉しかった。
「ふふ、私たち友達なのですね…!」
「何だミコ、それを言わせたかっただけじゃないのか!?」
2人は笑いながら話した。
カルマが「何で笑ってるんだ」と言いかけたその時。
「…カルマには、故郷は無いのか?」
この質問はリゾクだ。
「故郷は無い。ある日突然生まれ、気が付いたら何もない土地に立っていたからな」
リゾクとミコは、頷き合う。リゾクは言った。
「ならここが、カルマの故郷だ。もし何処か違う所に居ても、困った時、疲れた時、寂しいとき、懐かしみたい時、
いつでも好きな時に帰ってきていいからな」
「いや、別に…」
リゾクとミコの目が思ったより本気だったので、カルマも観念して、
「…ああ、分かった。帰って来る、必ず」
と答えた。
帰って来る 必ず
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