「里俗」

・り‐ぞく【里俗】

地方の風俗。土地のならわし。






 1755年 某日。

 カルマは、第二試験の乱取りを無事合格で終えた。
 リゾクとミコは、カルマを見には来なかった。
 なぜなら…

 カルマは再び、資料室で勉強をしようと廊下を歩いていると、開けた場所で声を上げるミコを見かける。
「大丈夫ですか!?誰か、医師を呼びなさい!!!」
 横になっている侍女を抱えている。侍女は弱々しい声で言った。
「…姫さま、大丈夫です。少し立ちくらみがしただけで…」
「駄目です。あなたは最近働きすぎに見えました。今は体を休めなさい。一番大事なのは体ですよ」
 カルマは足を止め、その様子をうかがっていた。
 そう、これが姫であるミコの、この国の役割なのである。
「あなたも、最近疲れていますよ。今日はもう休みなさい」
 これは傍らにいた別の侍女への言葉だった。
 ミコは、従者や侍女の仕事内容や体調を、ほぼ全て掌握していた。
 カルマが感心していると、そこへ何かしらの資料を持ったリゾクが慌ただしい様子で走ってくる。
 一旦は、ミコの横を通り過ぎそうにであったが…
 ぴたりと足を止め振り返り、倒れている侍女とミコに目をやる。
「大丈夫か?」
「大丈夫ですわ」
 それを聞いて小さく「そうか、よく休めよ」と呟き、走り去った。
 リゾクはこの国を継ぐ者。学ばなければならないことは山ほどあり、その上民をも気遣わなければならなかった。
 それが、カルマの見た”もう一面のリゾクとミコ”であった。


―罪人…会って、カルマの手で倒せたらいいですね。

 資料室で、カルマが2人に罪人(つみびと)の話をした一昨日。
 カルマは、本当は言うつもりは無かった話をしてしまったことに気付く。
「…いや。忘れてくれ」
 罪人に近づけさえすればいい。余計なことを、人に話す必要は無いと考えていた。
 そもそも、こんなおかしな話を誰が信じるだろうか?武将の影、影を倒すために生まれてきた少女。
 他人に理解してもらえる話では無いことは、カルマも自覚している。しかし目的は果たさなければならない。
 だからこそ、目的を果たすためだけに動かなければならないのだ。

 しかし、リゾクとミコは、すぐにカルマの言葉を信じたのだ。

「そうか、カルマが目的を果たせるよう、出来る限り協力しよう」
「罪人…会って、カルマの手で倒せたらいいですね」―


 カルマは資料室で、あのやりとりを思い出していた。
 2人の反応を見るに、話したことで目的に支障が出ることは無いだろう。
 カルマはとりあえず勉強を再開する。
 カルマはこの国、あの国、この大陸の知識を、ひたすら求めていた。


 マイオウギにカルマが来てから、2週間程たっていた。
 試験をあと1つこなせば兵士になれるとのことだが、実戦に配属されるにはそれから更に1ヶ月を要するらしい。
 ごく稀だが、能力はあっても道徳や理論感に問題がある者、裏切り者などが紛れることもあるらしい。
 信頼できる者かどうか判断するための1ヶ月だ。
「…それは困るな」
 いつもの資料室に、カルマはリゾクと共に居た。
 カルマはリゾクから、1ヶ月以内に軍がフシンへ攻め込む作戦の話を耳にした。
 リゾクの話では、
「この作戦を終えたら、次はいつ出撃するか分からない。今のフシンは残忍で、何を考えているか分からない…それを探りに行く作戦なんだ」
 とのことだ。
「探りに行って、情報を得られたら再び作戦を練り直す、ということだなリゾク?」
「ああ」
 カルマは考え込む。さすがにここまで時間が掛かるとは思っていなかったからだ。
「私が…」
 カルマは絞り出すように言った。
「私が、罪人さえ倒せば戦況は変わるのに…今のフシンは、フシンでは無い。
兵士は罪人の傀儡なんだ。マイオウギの兵士は戦うだけ無駄だ」
「…どういうことだ?」
 カルマは少し、続きを話そうか迷う。しかし。
「カルマ、詳しく教えてくれないか。そうなると、この話はこの国にとっても重要な話になってくるぞ」
「…そうだな」
 リゾクは、きっと信用出来る。
「分かり易く言えば、呪いのような物だ。罪人が、ホンメイという武将や兵士に呪いをかけ、罪人に操られている、と考えていい」
「呪い…そんなものが…」
「そして、罪人を倒せるのは、私だけだ」
 そこでカルマは目を反らす。
「これ以上は言えない。ここから先の話は、この国には関係のない話だ」
 リゾクも、これ以上は聞かなかった。今はそれより、考えなければならないことがあるからだ。
「なら、次の作戦でカルマを配属して貰うように考えなければ…」
「何とかならないか?」
「今の話を、父上にもしたらどうだ?」
 カルマはすぐに首を横に振る。
「リゾクとミコ、お前たち2人くらいだぞ。こんな非現実的な話を信じるのは。
しかも私は、元々は部外者だ。頭がおかしいと思われてつまみ出されるぞ」
 2人は沈黙した。
 カルマの目的だけではない。前記の通り、この国にとって、かなり重要な話だ。
 リゾクは一旦席を立つ。
「カルマ、この話はまた夜にしよう。今日はまだやらなければならないことがあるんだ」
「そうだな」
 今は短い休憩時間だった。
 カルマは勉強を続けながら、色々考えを巡らせていた。
 かくなる上は…