偶像がはっきりしていて、
そこに、避けようの無い事実があるのだとしたら、
そこに対しては、ちゃんとけじめを付けなければならない。
でも
もし、そこに、偶像がぼんやりしていて
よく見えないものがあるとする。
それが真実かどうか
決めるのは
自分と
自分を大切に想ってくれている誰か
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目の前に、クローン兵育成計画の全てがある。
葵と百里は、その目の前に居る。
今の段階と詳しいデータを知ることは…
葵と百里、<星>、トーキョーシティの住民が本物なのかクローンなのかを知るということだ。
百里はしばらく考えた後、ゆっくりと口を開いた。
百里「私は…知らなくてもいいや」
葵「…」
葵は、百里の目をじっと見つめ続けた。
百里「だって…知った所で…自分は本物なのか、クローンなのかを知った所で…私の生き方は、きっと変わらないから」
百里は微笑んだ。
百里「私は、私であると決めた。そして、誰かが私を百里(ユリ)だと言ってくれる限り…私は百里(ユリ)なんだ…
だったら、真実なんて知った所でどうなる。どうせ何も変わらないのなら知る意味が無い。
むしろ、知らないまま破壊して、さっさと街を出て、永遠に知る機会を無くした方が都合がいいだろ。
ここで全てを終わらせて、自分は自分だと言い続けて生きていけばいい」
葵も、百里に微笑み返した。
葵「…俺も、同じ気持ちだ」
葵はすぐにカードを端末に差す。
モニターに無数に現れた破壊記号を、2人は静かに見つめていた。
これで悪夢は終わる…
ビーッ ビーッ。
百里「何だ…?」
警報音と同時に、モニターに”5:00”という数字が現れた。
数字は、4:59、4:58とカウントダウンされていく。
??「…終わってしまったんだな、全て」
後ろから声がして、葵と百里は振り返った。
そこに立ち尽くしていたのは…製鉄所で会った神無。
神無「このビルは5分後に爆発するぞ。早く脱出しろよ」
葵「!?どういうことだ??」
神無は壁際に歩いていき、ゆっくりとそこに座る。
神無「計画が予定と違う方向へ向かってしまった時のために、破壊コードという物を作ってあったんだ。
お前が持ってるそれだ。まさかこういう使われ方をするとはな…」
葵「そんな話はいい、爆発ってどういうことだ!?」
神無は嘲笑する。
神無「計画の終わりは、ダースの終わりだ。破壊コードを使用した時に、ビルと地下のクローン研究施設も爆破されるように設計されているのだ」
モニターの数字は、既に4:30を切っていた。
百里「脱出するぞ葵、早く!!」
葵「ああ」
2人はすぐに部屋を出ようとする。
が、一度だけ、神無の方を振り返った。
葵「お前は?」
神無「俺はもういい。生きる理由がもう無いから」
葵「…馬鹿か」
2人はすぐに走り出し、部屋を後にした。
時間にして4:00を切った頃。
通路の途中に、長いドスを持った黒衣の男が待ち受けていた。2人は止まる。
彼は神無と違い、こちらに明らかに殺意を向けている。
百里にはこの男に見覚えがあった。
あれは、政府ビルの正面玄関で催眠ガスを喰らった時…
意識を失う直前に見た黒衣の男。
直後に師走とのやりとりがあったため、てっきり師走のことだと思っていたが。
間違いない、こいつだった。
百里「お前、あの時の…!」
男「2人とも、ここで殺してやろう」
男は間髪入れずドスを振りかざしてくる。
葵と百里を、本気で斬り殺すつもりだ。
葵「どけ!もう時間が…」
男「私はダースの最高指導者、睦月(ムツキ)だ」
この男が、ダースのクローン兵育成計画の最高指導者だった。
葵「…そうか。諦めろ、全て終わったんだから」
睦月「まだ終わらない。私が生きている限りな」
睦月の振り下ろすドスを、葵の真剣が音を立てて受け止める。
気を抜いた方が斬り殺される。そのくらいの気迫だった。
睦月「計画のことは私の頭の中に全て入っている。また1から始めればいい」
葵「お前、自分がやってきたことがどれだけ恐ろしいことか、自覚はしているか?」
睦月「ああ…最初は思ったよ。国を強化するためとはいえ、こんな恐ろしい計画を考案してしまった自分が恐ろしいと」
2人は、刃物を打ち合う。百里は睦月を痺れさせるスキを見つけ出せず、額に汗を浮かべて見守っていた。
睦月「でも…実際トーキョーシティを現在の物に作り変えてみると、どうだ?閉鎖された空間で、
何も知らず幸せそうに生きている人々…私は決心したよ、この街ならきっと、素晴らしい形で、計画を成就させられると」
葵の目に怒りが灯る。
葵「何が素晴らしいんだ…!お前のやっていることは、本人の意思を無視して倫理に大きく反している。狂っている」
葵と睦月は、鍔迫り合いのような形になった。
睦月「私は確かにクローン計画を進めてきた。だが、”狂っている”と決めたのは誰なんだろうな。
どうだ?これは結局感情論だろう。これが狂っていると誰が決める。十人居れば十色。
人によって考え方など違ってくるというものだ。お前が間違いだと思っていることも、私にとっては間違いじゃない時は?
その場合、どちらが正確なのだと誰が決める?」
葵「そんな理屈…」
百里「そう、そんなの理屈だ。だったら私たちも私たちの理屈を言わせて貰おう」
百里は恐れずに、2人に近づく。
百里「はっきりと言えるのは…私たちはお前の計画が間違いだと思っていて、お前が大嫌いだということだ。
だからここでツブす。計画の途中で私と葵が現れて、不運だったな」
それを聴いた睦月は攻撃対象を百里に切り換えた。
百里は一歩後ずさり、避けようともせずに睦月をじっと見つめる。
違う。百里が見つめている相手は、睦月ではない。
ドスッ…
睦月の背後から、葵は睦月の胴体を真剣で貫いていた。
睦月「…ゴフッ」
睦月の口から鮮血が滴り落ち、彼はその場に崩れ落ちる。
真剣から手を放した葵は、一言だけこう言った。
葵「…じゃあな」
葵と百里は、出口へ向かって走り続ける。あと何分何秒だろう。もう時間が無い。
2人は走っている途中、神無のように壁際で座っている師走と弥生を見た。
師走「こうなってしまったか」
弥生「仕方無いわね…」
葵と百里は、立ち止まらずに2人の近くを通り過ぎ、駆け抜ける。
師走「…これで良かったのかもなぁ」
そう師走の声が、かすかに聴こえた。2人は振り返らなかった。
葵「百里、あと何分何秒だ!?」
百里「分からない、もう間に合わない!!!」
今からエレベーターに乗り、下の階へ向かわなければならない。
もう…本当に時間が無い。
2人が諦めかけたその時…
「百里!!葵!!無事か!どうなった!?」
ま ぶ し い …
朝日の逆光の中に、人影が浮かび上がる。目の前に居たのは、太一だった。
百里「タイチ!!!」
太一「どうしたんだ?何かあった?」
百里は思わず太一に訴える。
百里「このビルはあと何分か、何秒かで爆発する!!どうしたらいい!?」
それをきいた太一は一瞬驚いた表情をするが、すぐに状況を理解した。
太一「こっちだ、早く」
2人は走り出した太一の後を追う。
3人が辿り着いたのは、最初にこのビルに来た時に脱出した、あの窓だった。
3人はすぐに窓から隣の建物の屋上に飛び移る。
そこには、<星>のメンバーが待機していた。
英二「太一、どうしたの?」
太一「爆発する、出来るだけ遠くへ」
時間が惜しい。太一の必要最低限の説明で、全員が状況を理解した。
外階段から地上へ下りる。
幸い厳戒態勢のお陰で、ビルの周囲には住民は誰も居なかった。
地響きが聴こえる。ビルの崩壊が始まったのかもしれない。
葵、百里、<星>の9人は、時間の許す限り、出来るだけ遠くへ走り続けた。
その時…
ズン…
最大の地響きが聴こえる。全員が立ち止まり、ダース本社のビルを振り返った。
下から白煙が上がったかと思うと、ビルは下の方から崩れ落ちる。
そこに残ったのは、白煙だけだった…
葵「これで終わりだ」
百里「…うん」
これで本当に、全てが終わったのだった。
葵「…何で来てくれたんだ?この街と関わらないって言ってたのに」
葵と百里、<星>の9人は、瓦礫と化したダース本社跡に居た。
全ての終わりを再確認したのだった。今は、静まり返ったトーキョーシティで気持ちのいい朝日を浴びている。
太一「そうだな。葵と百里に興味が沸いたからかな」
他のみんなもきっとそうだった。だから全員来たのだろう。
百里「私だって、お前たちに興味があるぞ。私はお前たちを、救いたいんだ…」
百里が言った言葉に、全員ぎょっとする。
百里は同じ境遇だったこともあり、<星>に思い入れていた。
百里「…何でもない、忘れてくれ」
八重「どうしたの?」
なぜ”救いたい”という言葉になったのかは百里自身にも分からなかったので、すぐに取り消そうとする。
太一「どう救ってくれるんだ?楽しみだなー」
百里「忘れろ!」
笑いながら言う太一に、百里は怒鳴りつけた。
葵と百里は今、廃屋の屋上に居る。
トーキョーシティは少しずつざわつき始めていた。この”騒ぎ”を、まとめに来た組織があった。
それは、この街の、政府だ。
洗脳から解放された政府は、洗脳されていた自覚がある訳でも無く自力で動き出す。
記憶に関する部分は、きっかけがあればいつか思い出す日が来るのかもしれない。
百里たちは、夜中にトーキョーシティを脱出することにした。
今は表に出られない。百里たちは今、この騒ぎの首謀者でしか無いからだ。
いつかこの街が自力で歩き出せる日が来ますように。そう願って、こっそり抜け出すことになった。
葵と百里は屋上で待機していた。やっとゆっくり話が出来る。
百里「結局お前も、街を出ることになったな」
葵は、トーキョーシティを脱出するか、それとも残るのか迷っていたのだが。
葵「今残っても逮捕されるだけだからな。仕方無いか。まあ…どちらにしろ、出ると決めたつもりだけどな。目標も出来たし」
百里「目標?」
葵は続けた。
葵「お前をチサトの元に送り届ける。そうしたら、本当の両親を探しに行こうと思ってるんだ。
そして…いつかまた、トーキョーシティに戻ってきたいな。その頃にはこの街がどうなってるのか知りたいし、育ててくれた家族と改めて話がしたい」
百里は、少しだけ首を傾けた。
百里「私は1人でもチサトを探せるから、そこは心配しなくても…」
葵「俺がそうしたいんだから文句は無いだろ。それに、チサトにも一度会っておきたいしな」
百里は笑みを浮かべて、景色を眺めながら静かに頷く。
しばらくの沈黙。
様々な景色を通って陸に降りそそぐ太陽が、まぶしかった。
葵「百里…本当に色々ありがとう。お前が居てくれて、本当に良かった」
百里「バカ。礼を言うのは私の方だ。チサトはきっと…私が何者になろうと…私を…ユリだと言ってくれる。
私は私を失わずに済んだんだ。葵…本当にありがとう」
未来を知ることは出来ないけど
きっと大丈夫
だって信じられる
もう大丈夫
彼らはその日
自分の足で歩き始めた
→終