10.極夜

10.極夜

 6人が列車を降りた頃には夕方になっていた。駅を出ると、工場地帯のような景色が広がっていた。そう…ここが、ウェストシティの外れにある”極夜(きょくや)”と呼ばれる地区である。
 ここにラングとエンの一族がまとまって住んでいる。一族は昔、懐剣を開発した一族であった。今でも懐剣の製造を行っており、懐剣のほぼ100%がこの地区で作られている。地区の各地にある工場の大半は懐剣を製造している工場である。日の当たらない場所でホープ帝国に貢献する縁の下の力持ちのような存在で、地区名は”極夜”、一族も”極夜の一族”と呼ばれていた。
 一族以外でも極夜に通ったり住み込む者が多数居たり、懐剣の使い手を育てることも得意で軍や軍学校にも一族の者が多くいる。一族は懐剣に関する色んな施設に関わっているので、ラングたちがここに逃げれば帝国も簡単に手を出せないということだ。

 雨上がりの水たまりが夕日で美しく光る道中をラングとエンが皆を案内しながら歩き、住宅街のような所に到着した。そこでエンは立ち止まり、ラングに話しかける。
「まだ住んでもらう準備とかはしてないから、泊まるとしたらとりあえずランちゃんちと私の家でいいかな?ランちゃんち空いてる部屋あったよね?」
 ラングは思い出しながら答える。
「ああ、あの部屋だな。シャルとアルト同じ部屋で平気か?」
「いいよー」
「うん」
 シャルとアルトもすぐに返事をした。そしてエンが喋り出す前にムジカは…
「こっちも一部屋!?アリスと一緒!?」
「ふふ、そうだよ」
 エンはムジカの反応に、笑いながらそう答えた。ムジカはアリスの手をとり笑顔ではしゃぐ。
「やった~♪アリスと一緒!!」
「…もう」
 アリスは思わず苦笑してしまった。
 エンは少し考え、ラングに再び話を振る。
「ご飯はやっぱりうちかな」
 ラングはそれに対し頷きながら答えた。
「そうだな。悪いけど頼む。飯までまだ時間あるし、最初に親父たちに聞きたいこと聞いておこうぜ。早い方がすっきりするし」
「それもそうだね」
「親父近くの工場で働いてるはずだからちょっと話してくるわ」
「うん。私は母さんに言っとく。話す場所はうちでいいよね。ランちゃん先に行ってるね!みんな、来て」
 ラングは父を呼ぶために走り出し、他の皆はエンに案内され住宅街を歩き出した。


 暫く住宅街を歩くと、エンは一軒の家の前で止まる。ここがエンの家である。皆は中に案内された。
「母さんに話してくるからゆっくりしててね」
 テーブルと椅子が並べられたリビングに入ると、エンはそう言って別の部屋に引っ込んだ。アルトはやはりエンの幼馴染なのでここに来慣れているのか、すぐに椅子に座りくつろいでいた。
 アリス、シャル、ムジカはリビングをきょろきょろと観察する。鉄骨がむき出しになったような構造だ。住宅街で見た建物も大体鉄骨がむき出しになっているがっしりとした外観だった。極夜ではそういう構造の建物が主流なのだろう。
 しばらくすると、奥からエンの声が聞こえてくる。
「シャル、みんなで座る椅子並べるから手伝って!」
「了解了解~」
 シャルは返事をしながら、ひょいっと声のする方に駆けていった。アルトも手伝おうとしたのか立ち上がり、何となくシャルの後に続いた。
 それからまたしばらくすると、アリスとムジカの前に、杖をついた黒髪の穏やかな雰囲気の女性がゆっくりと現れた。女性は、笑顔で2人に挨拶をした。
「こんにちは、エンの母です」
 そう、彼女がエンの母である。アリスとムジカは、少し緊張しながら「こんにちは…」と返した。杖をついているのはプロジェクトへクスの影響だろうか。
 エンの母は、アリスとムジカの体を下から上まで眺めた後、2人の顔を交互に見て言った。
「話は聞いたわ。あなたたちは…アリスと、ムジカね。大きくなったわね…」
 ムジカははっとし、「…あ…そっか…実験の時…」と小声で呟く。
「…ええ。まだ赤ん坊だったみんなと会ってるわ」
 エンの母はそう答えると、申し訳なさそうな顔をしてうつむいてしまった。アリスはエンの母の腕に手をやりながら言った。
「そんな顔しないで下さい、お母さん。私たちみんな元気ですから…」
「…ごめんなさい。ありがとう。そうだ…お茶入れるわね」
 エンの母は顔を上げてそう言い、杖を突いたまま歩き出す。アリスとムジカが手を貸そうとすると「足の筋肉が弱ってるだけだから大丈夫よ」と元気よく返し、キッチンへ向かっていった。
 ムジカはアリスと顔を見合わせると、くすぐったそうに呟く。
「エンのお母さん、優しそう。エンにそっくり」
「ふふ、確かにそうね」
 アリスも笑顔でそう答えた。


 エン、アルト、アリス、シャル、ムジカ、そしてエンの母は、エンの家のリビングに集まっていた。
 しばらくすると玄関が開いた音がする。そしてラングが「悪い、遅くなった」と言いながらリビングに入って来ると同時に、黒髪のがっしりした男性も登場した。そう、彼がラングの父である。
 ラングの父は、1人1人の顔を確認しながら言った。
「…ラングから大体話は聞いた。焦らしても仕方が無い、すぐに話を始めよう」
 ラングはプロジェクトへクスの話を聞いたことを父に話したようだった。遅くなったのはそのせいだろう。父はまずは名乗る。
「俺の名前はガネット。エンの母さんの名前はメノウだ。よろしく」
 皆が軽く頭を下げると、ラングの父・ガネットは皆に名前を尋ねた。
「みんなの名前は?ラングにエンにアルトくんに…」
「アリス、シャル、ムジカだ」
 これにはラングが答えた。ガネットは頷き、話を続けた。
「…やっぱりそうだな。間違いない。適性の高い6人を生み出す実験…”プロジェクトヘクス”の時、みんながまだお腹にすらいない時、生まれてくる予定の子供に付けられた仮のコードネームがあったんだ」
 そしてガネットは、1人1人を指差しながら続けた。
「それが、”ランゲージ(国語)”、”アリスメティック(数学)”、”ソーシャル(社会)”、”サイエンス(理科)”、”アート(美術)”、”ミュージック(音楽)”だったんだ。由来はアイオラの嫁さんが学術の教師だったからだが、君たちの名前はコードネームを元に付けられたんだよ」
 つまり、ランゲージ→ラング、アリスメティック→アリス、ソーシャル→シャル、サイエンス→エン、アート→アルト、ミュージック→ムジカ、ということになる。
 そもそもラング、アリス、シャル、エンの4人には本名があり、ラングリッジ、アリスメティ、ソシャイル、サイエンスである。こちらの本名はコードネームとより近い。
 エンの母・メノウは、うつむきながら呟く。
「平和のためとはいえ、あんな禁忌のような実験に参加したことには後悔しかないわ」
 それに対しエンは首を横に振りながら言った。
「母さん、後悔しちゃだめ!理由はどうであっても私たちは生まれてこれたんだから」
「…そうね。6人ともこうして元気でいてくれて良かった…」
 そこで、ラングが話に入る。
「…おばさん、今、平和のためって言ったよな。平和のための実験だったのか?」
「アイオラはそう言ってたわ。私たちは途中で離脱したからその後のことは分からないけど…」
「何で離脱したんだ?」
 これにはガネットが答える。
「どこから話すか…俺と妻、メノウとその旦那の4人が実験に参加したのは、極夜の一族が懐剣を生み出した一族だからだ。一族の誇りとして、発掘された『無情の”壊”剣』の研究を進めなければならなかった。俺たちが受け持った懐剣は、特に癖の強い”懐剣:サドネス”、”懐剣:メリー”だった」
 ラングは気になったことをすぐに聞いた。
「癖が強いのは”懐剣:ラブ”と”懐剣:ディライト”じゃなくて?双剣と大剣だろ」
「その2本にとって重要なのは適性の高さだ。ここは6人の中でも特に高い適性を持つアリスとアルトくんがクリアした。だが、癖が強いのはサドネスとメリーなんだよ。みんな、自分の懐剣を見てくれ」
 6人は、ガネットの言う通り懐剣を取り出した。ガネットは続ける。
「全ての剣には色のついた玉が付いているだろ?これは懐剣を作る時に輝煌を結晶化した物だが、結晶化した際の環境によって光の屈折率が変わり、色が違って見えているんだ。通常の懐剣を使う際は気にする必要は無いが、『無情の”壊”剣』に関してだけは使い勝手に影響が出るんだ。恐らく高い適性を必要とする武器だから結晶からの影響を受けやすいんだろう」
 この玉は、別になっている手持ちの玉と反応させて懐剣を展開するための物で、赤は盾系、紫は双剣、青は特殊効果を持つ物、青緑は槍、緑は大剣、黄色は飛び道具と色によって武器の種類が分けられている。それ以外の意味があると考える者はいない。
 ガネットは、ラングとエンを交互に見ながら言った。
「俺たちは、ラングとエンを赤い結晶のサドネスと青緑の結晶のメリーの使い手に選んだ。『無情の”壊”剣』に関してだけは、結晶の色は輝煌の色と同じ青緑に近いほど扱いやすく赤は扱いづらいんだ」
 ラングは目を細め、サドネスを見つめながら呟いた。
「…それで、あの事件か」

 ラングが12歳の頃。プロジェクトへクスに参加していたガネットとメノウ、そしてエンの父・リアンは、そろそろ『無情の”壊”剣』をラングとエンに使わせようと、それぞれにサドネスとメリーを与えた。
 エンは、青緑の懐剣であるメリーをすぐに使いこなした。だが、赤い懐剣であるサドネスをラングが展開しようとすると爆発が起き、ラングと周囲の大人たちが倒れてしまった。
 輝煌は一気に濃度が高くなると爆発のような現象が引き起こる。サドネスから引き出された輝煌の量をうまく調整できないと、不発、もしくは爆発してしまうようだ。
 幸いラングを始め皆に怪我は無かったので、2度目の挑戦をする。すると、展開に成功したかに見えたが剣先から輝煌が噴きだし、懐剣を置いて避難する羽目になった。
 恐らく次には成功するだろうと思われ、3度目の挑戦を迎えた。ついに展開に成功したように見えたが、ラングが途中で苦しみ叫び出す。体に輝煌が流れそうになってしまっていたのだ。そこで、近くにいたガネットとエンの父・リアンがラングからサドネスを引き放したのだが、サドネスをリアンが手に持った瞬間に爆発し、リアンの命が犠牲になってしまった。
 ガネットとメノウは、ガネットの妻を始めとした研究員が犠牲になったことも踏まえ、これ以上の犠牲を出さないためにプロジェクトへクスから離脱することにした。アイオラも自分の息子のアルトの適性が一番高いことに満足しており、すぐに離脱を承諾してくれた。
 しかしラングは皆に必死で止められるも、エンの父・リアンの無念を晴らすために意地で単独でサドネスを手なずけたのだった。

 ラングはリアンが犠牲になった瞬間が今でも忘れられず、時々夢に見てしまうのだ…

 ラングは、サドネスを見つめながら言った。
「サドネスだけは絶対使いこなしたかった。そうしないとエンの親父が無駄死にになるだろ…?それだけは絶対に嫌だったんだ…」
 エンも同じ様に、横からサドネスを見ながら言った。
「…私がサドネス使いだったら絶対同じことしてた。だから、ランちゃんが軍学校に行くって言った時に私も行くって決めたの」
「サドネスを使う機会を増やしたかったからな。でも軍学校に入ったお陰で完全にサドネスを手なずけられたと思う」
 ガネットは2人の会話を聞き、ため息をつきながら呟く。
「2人には軍に関わらないでほしかったが、ラングたちが自分で決めたことだからな…」
 エンはそれを聞き、アルトを見て苦笑しながら言った。
「アルトくんまで行きたいって言い出したもんね。アルトくんが自分の意見言うの珍しかったから尊重してあげたかったし」
 アルトはそれに対し、小声で呟く。
「…僕は、父さんに軍学校に入れって言われてたから…」
「えっ…!?」
 ラングとエンは、これを聞いて驚いてしまった。エンは少し悔しそうに「そうなの?もう、言ってくれれば良かったのに…!」と言った。この悔しさは元帥に対してだろう。
 しかしラングは、エンとアルトを交互に見ながら落ち着いた様子で言った。
「でも…結果的にアルトの側に居られたんだな俺たち…何か皮肉だな」
「…そっか…そうだね。側にいないと不安だもん」
 ガネットたちがプロジェクトへクスから離脱したすぐ後、友達であるアルトが痩せていること聞いたガネットとメノウは、アイオラにアルトの健康状態について何度か話をした。
 そして最終的にアルトの保護を名乗り出ると、アイオラが「いい加減にしないとアルトを軟禁する」と言い出しアルトが更に危険になる可能性が出てきたため、アイオラが居ない時に食事を与えたり家に泊めたりして”半ば保護状態”を保ってアルトの命を守ってきたのだ。
 そのアルトだが、彼にはまだガネットに聞きたいことがあった。
「サドネスは、ただ癖が強いってだけなの?強さとか性能は他と違うの?」
「サドネスは扱いは難しいが、結晶が赤だからなのか懐剣が赤い光に覚醒した時に感情がおかしくならないと言われている」
「…!?そうなの…?」
 アルトはいつになく驚いた表情をした。ガネットは続ける。
「それだけじゃない。サドネス自体が覚醒していなくても、サドネスさえあれば覚醒した他の懐剣使いの感情も抑制できるそうだ。あくまで聞いた話だがな」
「どうすれば抑制できるの?サドネスの近くに居るだけでいいの?」
「アルトくん、ごめんな。これ以上詳しいことは分からないんだ」
 ガネットがアルトに優しく答えた。もうサドネスのこれ以上の情報は無さそうだ。
 今度はエンがメリーのことを聞いた。
「メリーも扱いが難しいんだっけ?でも結晶は青緑だよね。私もすぐに使いこなせた記憶があるんだけど…」
「メリーは使いこなすこと自体は簡単だが、赤い光が覚醒した場合、最も感情が暴走しやすいと言われている。危険なのは覚醒した後なんだよ」
 それを聞いたエンは、メリーを見ながら「そうなんだ…」と呟いた。
 ラングとエンの両親がプロジェクトへクスに参加した理由は分かった。ラングは、他に聞きたいことを聞いた。
「親父たちが平和のため、一族の誇りの為に実験に参加したってことは、レギュレート兵器のことは知らないんだな」
 ガネットは舌打ちをし、顔をしかめながら呟いた。
「…兵器?アイオラめ…何を考えているんだ…」
「レギュレート・コアって名前も聞いたこと無いか?中に『無情の”壊”剣』の使い手を封印する機器だって」
「レギュレート・コア?リマインド・コアなら聞いたことはあるが」
 そこで、アルトが驚いた表情をしながら話に入った。
「…おじさん、リマインド・コアのこと知ってるの?僕たちホウプの直系の子孫の間でだけ伝わってる技術だよ。おじさんは、懐剣を作った子孫だから知ってたの?」
 それを聞いたエンは驚きながら言った。
「ホウプの子孫?アルトくんが?ホウプってホープ帝国の昔の民族戦争を鎮圧した人だよね?」
 ホープ帝国という名は、約150年前にホウプという開拓民が民族戦争を鎮圧したことで名付けられたと軍学校で教わる。アルトがホウプの子孫だとしたら、アルトが色々と詳しいのは”兵器”として情報を与えられていたからだけでは無いのかもしれない。
 アルトはエンの反応に頷き続ける。
「うん。僕と父さんはホウプの血が繋がった子孫だよ。父さんが作ったレギュレート・コアは、ホウプが平和の為に作ったリマインド・コアが元になってるんだ。今はどこにあるか分からないって言われてるけど…」
 ガネットは軽く首を横に振りながら言った。
「俺はリマインド・コアについては小耳に挟んだだけだがな。”リマインド”の方がよく知っている」
「リマインド・コアは地中に作られた本体だよ。そこから切り離された”リマインド”は大陸中の全ての輝煌石に結界を張って、輝煌を一切使えなくできる。それでやっと『無情の”壊”剣』を無効化できたんだ。でも、リマインドも今はどこにあるのか分からない…リマインドも『無情の”壊”剣』も、歴史から抹消されて無かったことにされてる」
 そこで、ラングが皆の疑問を代弁するように話に入った。
「ちょっと難しくてよく分かんねーけど、ホウプって戦争を鎮圧させたんだよな。リマインド?で輝煌石に結界を張ることが平和に繋がったってことか?」
「多分そうだと思う。リマインドもレギュレート・コアも輝煌を自由に操作できる原理が同じだから、きっと父さんは平和のためってみんなを騙してレギュレート・コアを完成させて兵器に利用しようとしてるんだ…」
 ガネットはラングたちが自分たちに話を求めた理由を大体理解した。そして最後に、こうまとめた。
「要するに、アイオラは俺たちを騙して兵器を完成させ、お前たちをその中に封印しようとしてる訳か。理解できた。俺たちが実験に参加したことで失われた命もあったし、その代わりにお前たちとの出会いもあった。これは俺たちが選んだ道だから今更何も言わん。だが、これからアイオラが何か悪いことをしようとするなら…それは絶対に許さん」
 ラングも、少し安心したように言った。
「俺たちも、親父たちに悪意がないって分かって良かった」
 メノウも納得したように頷きながら言った。
「そういうことがあってここに逃げ込んできたのね。ここに居れば安全よ。帝国は極夜の一族に手出し出来ないからね。手を出して来たら懐剣の製造を全てストップさせるし、軍の内部に居る仲間を全員撤収させるからね」
 ガネットが「他に聞きたいことはあるか?」と皆に聞いたので、ラングは考える仕草をしたり皆を見回した後に「…とりあえず、大丈夫かな」と答えた。静かに話を聞いていたアリス、シャル、ムジカも、ラングとガネットに対し頷いて大丈夫であることを示した。
 そこで、メノウが手をパンと叩く。
「じゃあ、ご飯の仕度をしましょう!」
 これが合図となり、皆の緊張が一気に解けたのだが、メノウはエンがメリーをじっと見つめていることに気付いた。
「エン、どうしたの?」
 エンはメリーを見つめながら答える。
「メリーが一番暴走しやすいんだよね。気を付けなきゃと思って」
 それを聞いたメノウは満面の笑みで言った。
「サドネス使いのランちゃんが側に居れば大丈夫よ。それに、エンを嫁に出すならランちゃんって決めてるからね」
「はあ!!??」
 予想外の展開にラングもエンも瞬時にそう反応し、反射的に真っ赤になってしまった。
 エンは慌てながら言った。
「な、何言ってるの?私とランちゃんはそういうのじゃないって前にも言ったでしょ!?」
 そして、もの凄い剣幕でラングを見て「ねえ、ランちゃん!?」と聞いてきたので、ラングは「あ、ああ…まあ…」と反射的に答えてしまった。エンはラングを指差しながらメノウに「ほら!!」と言い放つ。
 ラングもエンのことを異性だと思ってはいないつもりだったが、エンに思い切り全否定されて複雑な気持ちになったりもした。
 シャルはニヤニヤしながら、肘でラングの脇をつつきながら小声で言った。
「…モテちゃって辛いね、ランちゃん」
「どこがモテてんだよ…どう見てもキレてるだろ」
「いや顔真っ赤にしてるの見てたでしょ?」
「ああ。真っ赤になるくらい怒り狂ってたな」
「…お前、後で説教な」
「は?何でだよ!」
 ラングはシャルの言っていることが理解できず、不思議そうに顔をしかめるしかなかった。

 やるべき話も大体終え、メノウがきっかけで皆の緊張もほぐれる。メノウ、エン、シャルが夕食の準備のためにキッチンに向かいそれぞれ談笑が始まる中…
「アリスちゃん」
 アルトがアリスに話しかけてきた。
「…アルトくん」
 アリスは、アルトに話しかけられた理由が何となく分かった。アルトは続ける。
「僕の次に狙われる可能性があるのはアリスちゃんだと思う…気を付けてね」
「…元帥もアルトくんの次は私、って言ってたわね。そういえばアルトくん、会ったばかりの頃、私に兵器の話してたわよね。今ならその意味が分かるわ」
「コーラル次長はレギュレート・コアの開発に関わっていたはずだから、もしかしたらと思って…」
 アリスはうつむく。
「…どこで開発したのかなんて、研究開発部以外に無いものね。元帥の話を聞いた時からそんな気はしてたわ…」
 アルトは、うつむいてしまったアリスの顔を覗き込みながら言った。
「でも、アリスちゃんの家で話を聞いた時は、うちの父さんの目的は知らないみたいだった。父さんは自分以外の人間のことみんな道具だと思ってる…だから、コーラル次長もうちの父さんに騙されてるのかも…優しい人みたいだし…」
 アリスは顔を上げ、少し嬉しそうに答えた。
「うん。そっか。そうだといいな。今度父さんからもちゃんと話を聞かなくちゃ…ふふ、アルトくん、気を使ってくれてありがとう」
 アリスが笑顔になったので、アルトも笑顔を返そうとしたのだが、”一度も笑顔になったことが無いので”出来なかった。


 食事の準備が終わったので、6人はメノウと共に食卓を囲んだ。ガネットは仕事の合間に出てきたとのことなので仕事に戻ったようだった。
 食卓に並んだのは”和食”と言われる、発祥が謎に包まれているが色んな大陸で好まれている食事である。
 シャルは味噌汁を飲みながら言った。
「どうやったらこんなに旨くなるんだろ。味噌汁って同じように作っても同じにならないんだよな~」
 メノウは笑いながら言った。
「沢山作っていれば自分の味が自然と決まるわよ」
「そういうもんなの?」
 ムジカは幸せそうに食べながら言った。
「エンの作ったご飯に味付けが似てるね。おいしいし、何かあったかい」
「ほんと?私、母さんに料理教わったからかな?」
 エンは嬉しそうにそう答えた。
 メノウは、少しずつだがちゃんと食べているアルトを見ながら嬉しそうに言った。
「アルトくん、沢山食べられるようになったのね。良かった」
 半保護状態になってからはメノウがアルトの食事を作っていたのだが、食が細くなってしまっていて量を食べることが出来ずにいたのだ。アルトは静かに食べながら、小声で呟いた。
「…うん。おばさんも、エンもシャルも、いつも美味しいごはん作ってくれるから」
「…アルトくん…」
 エンとシャルはほぼ同時に呟き、少し涙ぐんだ。


 食事を終え、メノウは台所を片付けている。6人は今後のことを話し合うことにした。
 ラングは皆を見回しながら言った。
「みんな…軍学校はもう辞めるってことでいいな」
 皆、迷わず頷いた。ラングは続ける。
「問題は、急なことだったから退学届け出し損ねたことだよな…シャルとムジカの怪我の完治はまだ報告してないから任務が届くことは無いと思うけど」
 そこで、アリスが提案をする。
「退学届け、私の父さんに頼めるんじゃないかしら?聞いてみないと何ともいえないけど…」
「なるほど…ちょっと聞いてもらってもいいか?」
「ええ、分かったわ。今聞いてみるわね。ちょうど今の状況を報告し損ねてたし…」
 アリスはすぐに父・コーラルへ電話をかける。しかし、コーラルは出なかった。
「…出ないわね。とりあえずメールしておいて、また明日電話するわね」
 とりあえずコーラルからの返答を待つことになり、今日は解散となった。ラングたち男性陣は近所にあるラングの家に向かう。月と星空が美しかった。

 極夜にて、シャルとアルトはラングの家で、アリスとムジカはエンの家でしばらく暮らすことになる。

>>11.故郷にて