8.束の間

8.束の間

「うーん、いい天気!お出かけ日和だね」
 朝、エンはリビングの窓のカーテンを開けながら、うーんと伸びをした。今日は出掛けるのか、鞄や懐剣を持って私服を着ている。
 ムジカも何やら準備をしていた。ムジカは、テーブルの上にトランプや菓子を広げながら言った。
「どうしようかな?おかし持っていこうかなあ」
「ふふ、そうだね。今日一日お世話になるし」
 エンは笑いながらそう答えた。ムジカはエンに反して、部屋着に似たラフな格好をしている。今日、2人が向かおうとしているのは…


「おー来たか」
 男性陣の部屋に来たエンとムジカを、シャルが迎え入れた。
「みんな、おはよう」
「来たよ~!」
 2人は挨拶をして中に入る。シャルは出掛けないのだが、一応2人が来るので簡単に着替えてはいた。
 エンは、リビングに笑いながら向かっていったムジカを見ながらシャルに言った。
「シャル。私、出掛けるからさ。ムジカ1人じゃかわいそうだから連れてきたよ」

『…寂しいよ。寂しいの。私』

 シャルの頭の中で、ムジカのあの言葉がフラシュバックする…
「…そうだな。了解了解!」
 シャルははしゃぐムジカを見ながら、笑顔でそう答えた。
 ムジカはリビングに来ると鼻歌を歌いながら、テーブルの上に持ってきたトランプや菓子を広げ始める。まだラングが出てきていないので、シャルとエンも何となく雑談を始めた。
「聞いてくれよ、エン。俺この前テンション上がりすぎて料理作りすぎちゃったんだけどさあ、アルトくん全部食べてくれたんだぜ」
「そうなの?ふふ、沢山食べたんだねアルトくん。良かった。うーん…でもちょっとうらやましいかも…」
 エンは、部屋着のままソファに座ってテレビを見ていたアルトに、満面の笑みで話しかけた。
「ねえアルトくん、私とシャルのご飯どっちが好き?」
「アルトくん、俺の作った飯の方が好きだよな~?」
 同じく満面の笑みでアルトに話しかけるシャル。アルトは突然2人に満面の笑みで詰め寄られ、2人の顔を交互に見ながら困惑した。そのタイミングで、準備を終えリビングに出てきたラングは「いや、困らせるんじゃねーよ…」と呆れながら呟いた。
 エンはラングの姿を確認すると、近付いて話しかける。
「ランちゃん、準備終わったの?」
「ああ。エンもちゃんと私服だな。最近はカタルシス国の活動が活発だからな」

 数日前、ラングとエンは話し合いをしていた。内容は、チーム:ミモザの今後についてだ。ラングの方から、エンに電話で相談を持ちかけていたのだ。
「…つまり、細かいことはみんなで集まれそうになったら話し合うってことだな。とりあえず俺たち2人はどう転んでもいいように準備だけはしておくか」
『うん、色々決めておいた方がいいかもね。みんなにはのんびり休んでもらって…』
「そうだな」

 今出来ることとして、アリス・シャル・ムジカがしばらく任務につけず、それを士官が配慮して任務も届かないので、ラングとエンでチームとしての点数を稼ぐために1人でこなせる軽い任務を受けることにしたのだ。そして3人以上必要な場合はアルトを連れて行く、といった形だ。
 ラングたちが任務中に着ている、黒や白の上着は軍学校の制服である。普段は軍学校の生徒の活動であることを示すために制服を着て任務をこなすのだが、カタルシス国の人間は相手がホープ帝国の人間なら軍学校の生徒にも攻撃を仕掛けてくるので、1人で行動する場合は私服の方が安全なのだ。
 今回の任務は軍で使用する書類等の運搬なので、遠距離はラング、近距離はエンが回ることになった。

 ラングとエンが出掛けようとすると、アルトが2人の元にぱたぱたと歩いてきた。エンは笑顔でアルトに話しかける。
「アルトくんは今日はお休み」
 アルトは、2人に向かって言った。
「…2人とも、気を付けてね」
「…!!」
 ラングとエンは、アルトに言葉をかけられるとは思っていなかったので驚いてしまった。アルトは表情がはっきりしている訳では無いが、何となく穏やかな表情をしているように見える。何がきっかけだったのかは2人には分からなかったが、アルトは確実に以前よりは感情表現が表面化しつつあった。
 そんなアルトに対し、2人はすぐに笑顔で答えた。
「おう、任せとけって!」
「ありがとう、アルトくん」
 そしてアルトはこくんと頷き、ソファに戻ったのだった。
 ラングは出掛けようとするが、何かを思いついたように呟く。
「俺は遠距離だから…バイク使うか」
「あ、そっか。じゃあランちゃん、先に行くね!」
「ああ、気を付けろよ」
 エンは皆に手を振り、先に出掛けて行った。

 1人残ったラングに、シャルがニヤニヤしながら話しかけてきた。
「ところでラング。お前、どっちが好きなんだよ」
「どっちって…何が?」
「いつも寄り添ってくれる、健気で可愛い幼馴染のエン。突如現れたクールな美少女・アリス。ランちゃんてばモテちゃって辛いよな~」
「はあ!!??」
 ラングは、突然シャルにからかわれて真っ赤になってしまった。考えてもいない質問だったので咄嗟にごまかすしか無かった。
「別に…どっちも仲間だし…」
 煮え切らないラングの返答に、シャルは顔をしかめながら言った。
「はあ?何言ってんのお前。そんなこと言ってるとどっちも俺が貰っちまうぞ」
「俺のことばっか言ってるけどなあ、そういうお前はどうなんだよ!?」
「ああ、俺、新しいレシピ考えるので忙しいから。ランちゃんあっち行って!!」
「…いや、お前がこの話振ったんだろ…」
 ラングは呆れながら、壁をきょろきょろと見回す。
「あれ、バイクの鍵どこいった?」
「…そこ。落ちてる」
 アルトはソファに座ったままそう呟き、床を指差した。いつも壁に掛かっている鍵は床に落ちていた。
「あったあった。ありがとう、アルト」
 そう礼を言い鍵を拾うラングに、シャルは興味深そうに言った。
「へー、ラングバイク乗るんだ」
「うん。まあ、趣味っつーか。寮の倉庫に預けてあるんだけど。今日1人だしバイクで任務行こうかと思って」
 そこで、話が耳に入ったのか、ムジカが嬉しそうに話に入って来た。
「え~バイクかっこいい!ラング、今度後ろのせて~」
 それには、シャルがニヤニヤしながら答える。
「ムジカ、こういうのは特別な人しか乗せないもんなんだよ。なあ、ラング!」
「お前、またそういう…」
 再び呆れたラングをよそに、ムジカは納得したように言った。
「そっか!じゃあ、アリスかエンを乗せるってことね!…え、どっちかな?」
「もう行く!!!」
 ラングは再び真っ赤になりそう答え、シャルが腹を抱えて笑っている声を背に、どかどかと足音を立てながら部屋を出ていったのだった。

 一通り笑い終えたシャルは、ふう…と深呼吸し、リビングと繋がっているキッチンを見ながら呟いた。
「よし…療養っつってもやることねーし、本当に新しいレシピ考えるか…」
 それを聞いたムジカはシャルに近付き、笑顔で質問した。
「料理するの?手伝う?」
「いや、色々試したいから平気。アルトくんと遊んでてくれぃ」
「はーい!アルトくん、トランプする?」
 テレビを見ていたアルトは、笑顔で近付いてきたムジカに「…うん」と返事をし、テレビを消してムジカとトランプを始めた。

「…シャル」
 暫くの間、シャルがキッチンで色々と味付けを試していると、ムジカがそっと近づいてきてシャルに話しかけてきた。アルトとムジカはトランプに飽きたのか、アルトは棚を眺めたりもう別のことをしていた。
「ん?どうした?」
 シャルが答えると、ムジカはうつむきモジモジしながら呟いた。
「…シャル。あの時は取り乱してごめんね」
 あの時とは…恐らく、ジェイド地区でのことだろう。シャルは、我を忘れて泣き叫んでいたムジカを思い出す…
 シャルは、うーん…と少し考え込んだ後、優しい声で答えた。
「取り乱したというか、あれは発散だな。ああやって時々本音を言うのも大事なんだぞ。多分、ムジカにとって必要なことだったんだよ」
 ムジカは顔を上げる。自分に言い聞かせるように何度か頷き、少しだけ笑顔になりながら呟いた。
「そっか。発散か…なるほど、そっかあ」
 ムジカは、言おうか言うまいか少し考えた後、シャルに相談することにした。
「でも…私ね、時々、ああやってわーってなっちゃうの。抑えられなくなっちゃうの。孤児院移動になっちゃったのも多分、そのせいなの。ねえシャル。あたしどうしたらいいと思う?」
「…そうか」
 シャルは考えた。ムジカはつまり、感情の起伏が激しい…ということだろう。せっかく自分を頼ってくれたムジカに、何かアドバイスが出来ればと思った。シャルは提案する。
「明るいムジカもいいけど、ちょっとのんびり穏やかになってみるのもいいかもしれないぞ」
「…そっか。穏やかに。うん…ちょっと練習してみよう!」
 ムジカはそう言い、アルトの元へ戻った。アルトは本をぺらぺらとめくっていた。字を読んでいるのではなく、写真や絵だけを見てるようだった。
 ムジカは、いつもより少し落ち着いた声色でアルトに話しかける。
「ねえ、アルトくん。どう?シャルの料理ちゃんと食べてる?」
 アルトは手を止め、リビングから見えるキッチンで料理をしているシャルの方を暫く眺める。そして、ムジカの方を見て、「うん」と頷きながら答えた。
 ムジカは、アルトの頭をそっと撫でて穏やかな笑顔になり言った。
「よしよし、えらいねアルトくん。シャルのごはん美味しいもんね」
「うん」
 アルトは即答し、こくんと頷くと、再び本をぺらぺらとめくり始めた。
 シャルには2人の会話は聞こえなかったが、ムジカが笑っているのを目にしたので、ムジカとアルトに遠くから話しかける。
「何だ何だ?2人で何盛り上がってんだよ~」
 ムジカは人差し指を口の前に立て、穏やかな口調で答えた。
「2人でシャルの話してたの。ね、アルトくん」
 話をしていたというか、ムジカが一方的に話してたところはあるが。
 シャルは意外な答えに少し前のめりになる。
「マジで!?アルトくん、お兄さんも話に混ぜなさい」
 とはいえ、料理から手を放せなかったのだが。


 ラングはバイクであちこち飛び回り、一通り任務を終えた。今はウェストシティにいる。ラングには考えがあった。
「…アリス」
 ラングは、自宅で療養中のアリスに電話をかけた。
『ラング、どうしたの?何かあったの?』
「元気そうだな。良かった」
『…うん。前よりはね』
「なあ、今から会わないか?近くに公園あっただろ。そこまで出て来れるか?」
『…えっ!?』
 ラングにはもちろん見えていないが、アリスはデバイスごしに思わず飛び上がってしまっていた。
「あ、もちろん出来たらでいいんだけど。俺、一応リーダーだから元気か確認したいだけだ。でもアリスまだ休んでる途中だし無理にとは…」
『だ、大丈夫よ。すぐに行けるわ』
「じゃあ後でな」
 アリスは電話を切ると、ばたばたと慌てて準備をした。突然の仲間との再会に心臓が高鳴る…
 ちなみにラングはエンにもアリスと会うことは伝えており、エンからは「前日に連絡しといてね」「女の子は出掛けるのに準備する時間が必要だから30分くらい時間あげてね」ときつく言われていたのだが…そのことはすっかり忘れていたのだった。
 ラングが公園の駐輪所にバイクを止めて近くで座っていると、アリスが慌てて走って来た。
「…ラング…!」
「よーアリス。そんなに慌てなくても良かったのに…って先に言えば良かったな。ごめん」
 ラングは今更エンの言葉を思い出す。アリスはラングの前で止まると、肩で息をしながら言った。
「…平気よ。私も急ぎたかったから…」
「元気そうだな」
「…ええ」
 暫く座って休み、アリスの息が整ったところで2人は話を始めた。アリスは、下を向き、少し微笑みながらラングに言った。
「シャルとムジカがメールをくれたの。早く会いたいって…」
「…そっか。それ、多分気遣いじゃなくて本音だと思うぞ」
「…うん。嬉しかった…」
 そしてアリスは真剣な表情になり、今度はラングの方を向きながら話を始める。
「休んでる間、色々考えていたの。通常、武器として作られた懐剣では抽出作業は出来ないはずなのよ。やりたくても出来ない。8年前、それを何らかの形で強引に行ったんだわ。落ち着いた今なら客観的に考えられる。10歳の少女にそんな恐ろしいことをさせたなんて異常だわ…私がどうというより、組織としてどうすべきだったか考えた方がいいと思うわ」
「うん、アリスらしい冷静な分析だな。その調子、その調子」
「…みんなのおかげよ」
 笑顔で話を聞いてくれるラングに微笑み返し、アリスは、ふう、と深呼吸すると、空を眺めながら言った。
「もう、充分すぎるほど休んだわね。私…これからどうしようかしら」
「難しいことは後で考えるとして、とりあえず俺たちと一緒に居ろよ。その方が楽しそうだし。何か、最初の頃より笑うようになったもんな」
「ふふ…確かにそうかも」
「ほらな」
「…うん…ありがとう、ラング」
 ラングの言う通り、気が付いたら笑顔になっていた。確かに、みんなと話していると自然と笑顔になる…と、アリスは思った。
 アリスはそのまま、以前ラングにした話の続きを始める。
「前、変な夢を見るって話をしたでしょ?最近、内容が変わって来たの。誰かが、私に笑いかけてる…そんな夢」
「記憶を失う前の記憶なんじゃないか?」
「ううん、それは無いと思うわ。前の戦ってる夢だって10歳未満とはかけ離れた映像だし、笑顔の人も、私のことをアリスじゃなくて、違う名前で呼んでるの。はっきり何て呼んだか分からないんだけど、アリス、では無かったと思うわ」
 ラングは少し考え、笑いながら言った。
「…まあ、戦ってる夢より笑顔の夢の方がいいか」
「それもそうね。気にしないことにするわ」
 アリスがスッキリした表情をしていたので、この話は簡単に終わった。お互い話したいことは大体終わった…というところで、ラングは提案をした。
「そうだ、気晴らしにバイク乗らないか?後ろ乗る?」
「えっ!!??」
 アリスは咄嗟に真っ赤になる。それに比べ、ラングは何でもないような表情をしていた。先程のシャルとムジカにからかわれた件は一切忘れた状態で提案したようである。
 アリスは慌てて答えた。
「い、今はいいわ…」
「そっか。じゃあまた今度だな」
 すぐに話が終わったのでアリスは少し名残惜しそうにしたが、そのまま2人は「じゃあまた今度な」「…うん」と再開を約束し別れたのだった。


 それから数日経った後、アリスから寮に戻りたいという知らせがあった。

 今日は女性陣のリビングに皆集まっている。時間は夕方だった。
 玄関の扉が静かに開く。そこから、アリスが照れくさそうに登場した。
「あ、あの…久しぶり」
 こちらを見る皆にアリスがそう言うと、ムジカが咄嗟に飛びつく。
「わーんアリス~~~」
 抱き合う2人に、エンも近付いてアリスに話しかけた。
「すっごいいい顔してるね、アリス。元気そうで良かった…」
「うん。2人ともありがとう」
 アリスは笑顔でそう返し、女子3人は、ぎゅっと抱きしめ合った。
 3人がリビングに入ると、シャルが手を振りながらアリスに話しかけた。
「お姫様、相変わらず麗しいな」
「…もう、何言ってるのよ。相変わらずね」
 いつものアリスらしい返答だ。本当に元気になったんだな、と皆は思った。
 アリスは、少し離れた所で自分を見ているラングに気付く。2人の目が合うと、ラングは頷きながら親指を立てる。アリスもそれを見て笑顔で頷いた。
 エンは手を叩きながら皆に呼びかけた。
「さあ、今日は6人でご飯食べるからね。私とシャルが2人で作ったんだよ」
「アリス復活パーティしよ~♪アリスは休んでてね!」
 ムジカはそう言い飛び跳ねながら、キッチンに入っていったシャルとエンを手伝うために後に続いた。

「アリスちゃん」
 皆が食事の準備を始めると、アルトがアリスに話しかけてきた。
「アルトくん、久しぶり」
「…アリスちゃん。休んでる間、うちの父さんからおかしなことされなかった?」
「ううん。大丈夫よ」
「…父さんのせいで…ごめんね」
 アリスには、アルトにほんの少しだけ表情があるように見えた。申し訳なさそうにしている…アリスは首を横に振り、笑顔になって答えた。
「アルトくんが謝ることじゃないよ。でも…ありがとう」
「…うん」
 アルトはアリスの目を見つめ、こくんと頷いた。


「…これ」
 夜になり、キッチンの前にあるテーブルに食事が並ぶと、アリスはシャルとエンを見る。シャルは笑顔で言った。
「そうそう。アリスが好きなやつ」
 料理は、アリスの好物であるシチューがメインだった。シャルは先日キッチンに立って、これの味付けの改良を図っていたのだ。
 食事が始まると、ほんのり幸せそうに食べるアリスを見て嬉しくなったムジカは「辛くしなくてもおいしいな~」とニコニコしながら言った。
 ラングは「うまっ、うまっ」と言いながらかき込む。ラングは体質なのか、人より多く食べる。エンは笑いながら「ランちゃんみんなの分も食べないでね」と言った。
 シャルとエンは、少しずつ食べているアルトを見て、ほぼ同時に「アルトくんも沢山食べてね♡」と言うと、アルトは「…う、うん」と少し困ったように言った。でも、何となく、皆にはアルトが少し嬉しそうにしているように見えた。


 幸せな時間…食事を終えた6人は、ソファや椅子に座り輪になっていた。
 ついにこの時が来た。避けられない時間だ。久々に6人揃った…チーム:ミモザとしてのこれからを話し合うのである。ラングは皆を見回しながら告げた。
「さて…疲れるけど話し合っとかないとな。途中で意見や質問があったら遠慮なく言ってくれ」
 5人は頷いた。ラングは続ける。
「今は、帝国に対しては不信感しかない…アリス、シャル、ムジカが関わる隠ぺい、不可解な上に危険すぎる任務を、半ば強引に受諾させたこと。相手は元帥だ。ホープ帝国のNo.2だ。コーラル次長を始めとした大人たちも逆らえない人間だ。まだ学生の俺たちの選択肢は少ない。だから、俺なりに出来ることを考えてみた。まずは…とりあえず、しばらくはいつも通り学生生活を続ける」
 質問は無い。ラングは更に続ける。
「その間に、コーラル次長からの情報を待つ。元帥に話を聞いて俺たちに伝えてくれるって言ってたからな。アリス、情報頼めるか?」
「ええ。父さんは元帥より私たちの方に協力的だと思うわ」
「もし、その前に元帥に呼び出されたら一連の出来事について問いただす。次長か元帥から聞いた話の内容によっては…軍学校を辞める」
 シャルは、うーんと唸りながら話に入った。
「まあ、辞めたいけどさあ。俺とムジカは行くアテが無いんだよな。寮に入る前は政府の施設だったからな」
「それについては大丈夫だ。エンと話し合ったんだけど、シャルとムジカ、そしてアルトには、俺たちと一緒にうちの一族が住んでる”極夜(きょくや)”っていう地区に来て貰う」
 ラングとエンの一族は同じ場所に固まって住んでいる。その地区に3人の住む場所を用意する、という話だ。エンはラングに続いた。
「話せば分かって貰えると思うから、ちゃんと生活できるようにしてもらうね。近くにあったアルトくん…元帥の家は、今はもう売り払っちゃって無いみたいだから安全だと思う」
 アルトは、ラングとエンと家が近いから幼馴染だった。しかし元帥は家に帰ることがほぼ無かったので、アルトが寮に入ったのと同時に家を手放したとのことだった。つまり…アルトにも帰る家が無いということになる。
 アルトは、少しだけ驚いたようにラングに聞いた。
「…僕も行っていいの?」
「当たり前だろ、アルト」
「…父さんは、僕のこと放さないと思う。僕は…行けるか分かんない…」
「俺が絶対に何とかする」
「…うん…」
 アルトは不安そうに返事をした。アルトにとって、不安になってしまう要素がいくつもあったのだ…
 ラングは「大丈夫、大丈夫」と何度もアルトに声を掛けた後、皆に話を振る。
「みんなはどうだ?シャルは出たいってことでいいのか?」
 アルトの様子を少し気にしていたシャルは、話を振られすぐに答えた。
「いいよー。施設にいて流れで軍学校に入っただけだしな」
「あたしも、みんなと一緒にいられるなら何でもいいよ!」
 ムジカもそれに同意する。アリスもすぐに答えた。
「…私も。私、父さんの役に立ちたくて軍学校に入ったから。今回のことがあったから、きっと父さんも私が軍学校から離れた方が安心すると思うわ。ラングとエンはいいの?」
 軍学校を辞めるのはラングとエンの提案だが、アリスは2人にも一応聞いた。これにはエンが答える。
「私とランちゃんは、事情があってこの懐剣を使いこなさなければいけなかったの。軍学校に入れば懐剣を使う機会が増えるからね。でもそれは大体達成できたから、もう辞めても問題ないと思う」
 ラングは最後に、話をまとめた。
「じゃあ、決まりだな。まあ、学校を出るのは最悪の場合だから、そうならないで済むのが一番なんだけどな…とりあえずしばらくはいつも通りで大丈夫だ。以上、終わり!疲れるからもう別の話しようぜ」
 話が終わると、ムジカが合図をするように立ち上がった。
「今日は夜更かしだよ~♪おかし食べよ!」
 ラングとエンが準備をしていた甲斐もあり、話はうまくまとまったのだった。

 皆が談笑を始めると、飲み物を用意しようとキッチンに向かったエンに、シャルは小声で話しかけた。
「…エン。ずっと気になってたんだけど…アルトくん、元帥に何かされたの?」
 エンはうつむく。そして、エンも小声で答えた。
「…何かされたというより…何もしてくれなかった…っていう方が正しいかな」
 それを聞いたシャルは、納得したように頷きながら言った。
「…なるほどねえ…そんなことだろうと思ったわ。で、何もしてくれないのに手放したくないってか」
「ほんとおかしいよね。ぞんざいに扱っておいて…でも適性の高い懐剣使いとしてはすごく大事にしてるの…アルトくんのことまるで道具みたいに…絶対に許せない。アルトくんは私たちみんなで守るんだから…」
「…そっか…そうだな…」
 シャルはそう返し、談笑するみんなの話を聞いてるアルトの横顔を見る。最近はまた少しまともになったが、出会った時は驚くほど痩せていた…
 シャルはそれと同時に、コーラル次長の話を思い出す。
 アイオラ元帥が強引に起こした事件。

 ――元帥に対する”感情”がふつふつと湧き上がってくる…

 その時、シャルの視線を感じたアルトと目が合った。シャルはすぐに感情を押し込め、「みんな何の話してんだ?」と、笑いながら輪に入っていった。遅れてエンも輪に入る。

 6人は嫌なことを無理やり忘れようとするかのごとく、夜が更けても笑い合いながら盛り上がったのだった。

>>9.六情の鎖