…俺の感情って、マヒしてんのかな。
夜、アジトの広間で、巳六はソファに寝転がって考え事をしていた。
そして八重が、花の鉢をいじっていた。
そこに、五月がやってくる。
五月「何してんだ、八重」
八重「花」
小さい声で、そう言った。
しばらく、五月は八重を見ていた。
八重の背中は、少し悲しんでいるように見える気がする。八重は…寿命のことを、どう思っているのだろう。
五月「…八…」
八重「五月」
八重を呼ぼうとした五月の声は、八重が五月を呼ぶ声にかき消された。
五月「…何だ?」
八重は、花をいじっていた手を止める。
八重「五月にとって、キョーダイって何?」
五月「!?」
それは、五月が最近悩んでいたことそのものだった。
でも、今ならうまく答えられる。
五月「キョーダイは、血の繋がりに負けない、本物の兄弟みたいな大切な存在だ」
それを聞いた八重の表情。
とても、大人びて見えた。
八重「それも、あるけどさ」
八重は再び、花をいじり出した。
八重「”キョーダイ”って、大切な仲間って意味でもあるよね。兄弟とか、そういうんじゃなくって」
五月「…!!」
八重の言葉は、五月の中で確実な答えを導き出してくれるものだった。
八重の言葉と、幸四の言葉。
結局、五月は”キョーダイ”という言葉に縛られていた。
だから血の繋がりがどうとか、細かいことで考え込んでしまったのだ。
そんな細かいことは考えないで。
”大切だから守る”。
それだけで良かったのだ。
元々”キョーダイ”というのは、”兄弟”というという意味よりは”大切な仲間”という意味合いの方が強かったはずだ。
…言葉に、縛られてたよな…
ホント、バカなことで悩んでたな、俺
五月は、花をいじっている八重の背中を見た。
まさか、八重に励まされる日が来るとはなぁ。
五月は、笑った。
夜。五月も八重も去った後、太一と幸四が広間にやってきた。
太一「なあ、幸四。お前、1年後に死ぬって言われて、どう思った?」
幸四は上を向いて首を傾げる。
幸四「そうですねえ…まあ、確かに驚きはしましたけど、1年後、と言われると、まだどうしても実感が沸かないんですよね。しかも、今は…」
太一を見る。
幸四「22日後という、近い未来の巳六の寿命のことがありますから…それを考えた方が、心が苦しくて仕方が無いんだと思います…」
太一「…だよなあ…」
巳六「なあ」
突然巳六の声がしたので、太一も幸四もビクッとなった。
ソファの背もたれでよく見えなかったのだが、巳六はソファに横になっていたのだ。
立ち上がって、2人に近づく。
巳六「2人にちょっと聞きたいことがあんだけど」
2人は、気を取り直して巳六の顔を見た。
太一「どうした?何でも言えよ」
巳六はコクンと頷いた。
巳六「俺の感情って、マヒしてると思うか?」
普通の表情でそう言った。
太一「…何言ってんだ、巳六」
そうは言ってみたけれど、巳六が何を言いたいのか、太一にも幸四にもすぐに分かった。
巳六「俺さ、七々に『感覚がおかしくなった』って言われて思ったんだけど」
太一と幸四は考えた。
幸四「巳六は、それでも表情は豊かな方だと思いますよ?」
巳六「そうかもしれねーけどさ。何つーか、俺ってやっぱ感情の波が無いんだよな。割と本心が一定っていうか」
2人は、黙って巳六の話を聞いていた。
巳六「何があってもすぐに慣れるっていうのもあるんだけど、そもそも俺って、何があってもそこまで動じてねー気がするんだよ。
何つーか…その場で、心がうまくそれに対応しちまうっていうか。それって、心がマヒしてんのかなって思って」
淡々とそう語った巳六を見て、太一も幸四も笑った。
巳六「??ちょ、何笑ってんだ!!」
ムッとする。太一は笑顔で言った。
太一「処理区の話を聞いた時、七々と何話していいか分からなくて本気で悩んでたのは、どこのどいつだよ」
巳六「…!」
続いて幸四も。
幸四「処理区で、七々を必死に守ろうとしたり、時雨に対してあんなに怒りをあらわにしていた巳六の感情がマヒしているだなんて、とても思えませんねえ」
巳六「…あ」
巳六『俺も、七々も、みんなも…生きてアジトに帰るんだ…』
…七々…
巳六「…俺、ちょっと七々と話してくるわ!」
弾け飛ぶように広間を出て行った。
巳六が去ったドアを見て、太一と幸四がため息をつく。
幸四「…巳六の命…何とか、ならないんですかね。今何を学んだって、死んだら意味が無いじゃないですか…」
太一「…信じるしかない。大丈夫だって…」
太一は笑ってみせた。
巳六「七々、ちょっといいか?」
七々の部屋に入ると、七々はベッドに座って呆然としていた。
巳六「…七々」
七々が、ハッとする。
七々「…巳六くん…」
七々は、泣きはらした顔をしていた。
ズキン。
巳六の胸が、一瞬軋んだ。
…何だろう。今の…
七々は泣きはらした顔をして、口元で笑った。
七々「…巳六くんてば、ヒドイよね。私の中を、こんなに巳六くんでいっぱいにしといて、自分はいなくなっちゃうかもしれないだなんて」
七々の心が自分でいっぱい。
いつもの巳六だったら、飛び跳ねるほど喜んでいただろう。
ただ今は。巳六の胸の軋みに拍車をかけるだけだった。
痛い…胸が痛い。何だコレ…
…初めてだった。
今まで大丈夫だったものが、時間が経つにつれてつらくなっていく。
いつもは逆だ。
いつもはつらいと思っていたことが、少しずつ大丈夫になっていくのに。
そもそも巳六は、何があってもそこまで動揺しないのだが、もし動揺することがあったとしても、すぐに慣れて大丈夫になってしまう。
この胸の痛みは。
逆だ。いつもと逆。
何で…俺、泣いてる七々を見て死ぬのが怖くなったのか?
自分の死をイメージしてみた。
だが、恐怖は全く生まれない。
次に、七々を見た。
大丈夫だ。心は痛くない。
なら、さっき何で心が痛くなったんだろう。
巳六「…死ぬのって、何で怖いんだろ」
何となくそう言った。
七々は、巳六を、じっと見つめた。
七々「…もう、会えなくなるからだよ…」
ズキン。
あ
死をイメージしてみた。
恐怖は生まれない。
七々を見た。
胸は痛くない。
次に…
死をイメージしながら、七々を見た。
…痛い…
巳六「七々」
七々「…ん…?」
七々を呼んだ巳六は、七々から目を離し、うつむいた。
…そうか
ああ 俺分かっちゃった
コレが何なのか
…そうか。
そうだもんな…
七々だけではない。
死と同時に、他のキョーダイのことを思い浮かべても、同じように胸が激しく痛んだ。
そうか。これがそうか
巳六は、利九のことを思い出した。
なあ、利九。これが…
七々「巳六くん…?」
うつむいていた巳六が顔を上げて七々を見上げた時。
七々は、気付いた。
巳六の表情が、今までと、少し違う。
何が違うのかって聞かれると、うまく答えられない。
表情自体は、いつも通りなの。
ただ…
雰囲気が違う。
どこか、悟ったような、
悲しげな、
…寂しげな感じに、見えた気がした
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