「火」





 広い通路の途中。
 そこに、目立つ扉があった。
七々「…ここが、ボスの部屋?」
巳六「何か無防備じゃねえ?」
 兵士も黒スーツの男も、誰も居なかった。
七々「でも、この階に来てずっと一本道だったし、部屋も全部調べて来たし…」
 巳六が、向こうにエレベーターがあることに気付く。
巳六「あれが太一たちが居る所に繋がってるエレベーターか。他に道もねーし、やっぱこのドアの向こうがボスの部屋だな」
 幸四は、すでに扉のスイッチを押していた。
 扉が開く。
 スタスタと幸四と五月が中に入って行き、巳六と七々は一応警戒しながら中に入った。
 そこには、1人の中年の男が居た。
幸四「あなたが、政府のボスですか?」
 中年の男は振り返る。
 …弱々しい印象を受けた。こいつが本当に、巨大な政府のボスなのだろうか。
 男は、静かにこう言った。
男「…違う。私は、ドリーム島の島長だ」
 島長とは。
巳六「んん?島長とボスって、何が違うんだ?」
七々「島長は…ドリーム島の一番偉い人。政府に限らないの。ボスより偉い人だと、思う…」
 幸四は、島長に一歩近づいた。
幸四「単刀直入に聞きます。ナンバーズの計画や実験は、あなたがボスに指示したものですか?」
島長「違う!アレは、あいつが…息吹が持ちかけた話だ」
 もの凄い速さで答えた。
幸四「イブキとは…ボスの名ですか?」
島長「そうだ」
 ボスの名は。息吹(イブキ)というらしい。
 幸四は、更に一歩、島長に近づいた。
幸四「息吹に話を持ちかけられて、あなたはOKを出したんですか?」
島長「…」
 島長は目を逸らしながら言った。
島長「…島を発展させるためには、仕方がないことだと思ったんだ…」
 その時、幸四の目の色が変わった。
 島長の胸ぐらを思い切り掴む。
巳六「幸四!」
七々「幸四くん!」
 幸四は、島長を睨みつけた。
幸四「仕方がないって、何ですか。あの実験によって、どれだけの人たちが苦しんでると思ってるんですか」
 島長は目を伏せる。
島長「…戦争に、勝つためには…正当法では、ドリーム島は…不利だったんだ。人間そのものを強化するこの方法なら…と…息吹に持ちかけられた」
幸四「…何人の人が、無意味な戦いに晒されていると思います?」
 それに対して、島長は強気の表情を見せた。
島長「戦うのは、戦争なのだから仕方が無い!」
 幸四は島長を壁まで押していき壁に思い切り叩きつける。
幸四「兵士と兵士が戦うのと!!改造された人が戦場に出されるのと!!全く違う!一緒にしないで下さい…!」
 幸四は続けた。
幸四「僕は戦争なんで大嫌いですけど、兵士1人1人の戦いが無意味だとは思っていません。
兵士は、自分の島を守るため、家族のために戦う。嫌でも敵の兵士を殺さなければなりません。
その時にきっと、覚悟を決めるんだと思います。そして、殺した兵士の命を背負って生きていく。
でも…あの実験は…皆、訳も分からず改造され、訳も分からず戦場に出され、知らないうちに人を殺してしまうんですよ…
僕も、善も悪も何も意識出来ないまま何十人も殺してしまいました。
それは…もう乗り越えたからいいんですけど、問題はそういう人が今でも次々と生み出されていることなんですよ。
何て意味のない。しかも、戦争とは全く関係のない戦いもたくさん起きています」
 幸四は、五月を振り返って、再び島長を見た。
幸四「…戦わなくてもいい人同士が戦いになってしまったり、死ななくてもいい人が亡くなったりしているんです。
あの実験がどういうものなのか、あなたは分かっているんですか?」
 島長は険しい表情で言った。
島長「私だって…!途中から何かおかしいと思い始めたんだ…だが、もうその時には手遅れ…」
幸四「その時にでもやめていれば、起きなくて済んだ悲劇もあったでしょうね」
島長「…」
 島長は目を伏せた。
 そして、幸四は、表情をほんの少しだけ和らげる。
幸四「…今からでも出来ることはあると思いますよ」
島長「…」
 島長は、幸四の目を見つめた。
島長「…そうだな…ちょっと待っていてくれ」
 幸四は手を離す。
 島長は、4人が見守る中、のそのそと棚の方へ歩いて行った。
 そして。”何か”を手に取った。
巳六「…まさか」
 島長はそれを、一気に飲み干した。
幸四「何を…!」
巳六「やめろ!!」
 2人は島長の腕を思い切り掴んだが。もう手遅れだった。
 島長の手から離れた空ビンを、七々が拾い上げてラベルを見る。
七々「…毒…!?」
 島長は、自ら毒を飲んだのだった。
幸四「何てことを…!」
 巳六は島長の胸ぐらを思い切り掴む。
巳六「テメエ…幸四が言おうとしてたこと全然分かってねーな…!!」
七々「幸四くんは償えって言ってるんだよ。何でこんな意味のないことするの…」
 七々はビンを投げ捨てた。
 そして、ついに島長が倒れる。床に付く寸前に、幸四が島長を受け止めた。
島長「…私は、もう疲れた…これが償いだ…」
五月「…逃げるのかよ」
 五月が歩いてくる。
五月「死んだら、終わりなんだよ…死んだら何も出来ない。何も話せない。死んだ奴とは…もう話せねーんだからな…」
 それは、誰に向けられた言葉だったのだろう。
幸四「解毒剤は無いんですか?」
島長「…無い…」
 島長は、虚ろな目で幸四のことを見た。
島長「…頼みがある…息吹を止めて…ドリーム島を、元に戻してくれないだろうか…」
幸四「そんなこと、生きて自分でやればいいじゃないですか」
島長「頼…む…」
 ゴフッ。
 血を吐いた。もう長くはないだろう。
幸四「…」
 幸四は島長の手を取った。
幸四「…分かりました。息吹を…計画・実験を全て止めてみせます」
 島長はうっすらと笑った。
島長「…良かっ…」
 そして、そのままゆっくりと目を閉じた。

 毒で死んだとは思えない。穏やかな死に顔だった。

幸四「…」
 幸四はゆっくりと立ち上がり、3人を振り返った。
幸四「…すいません。成り行きで息吹を止めることになっちゃいました」
 苦笑した。
巳六「まあ…ここまで来たら、そうするしかねーわな」
七々「そうだよ。元々ボスに会うためにこの部屋に来たんだし」
 巳六は部屋をキョロキョロ見回した。
巳六「ここってボスの部屋じゃなかったんだな」
幸四「まあ、考えてみればボスの部屋がこんな目立つ所にあるはずがないですからね。見えない入り口でもあるんでしょうねえ」
 幸四も巳六のように、キョロキョロと部屋を見回す。
幸四「…どこにあるのかも分からない入り口を探すより、まずは太一たちと合流しましょうか。息吹に会うのは9人揃ってからですね」
 巳六は、肘で幸四の脇を小突いた。
巳六「今度は息吹の前でガツンと言ってやんねーとな」
幸四「…いえ」
 首を横に振る。
幸四「…さっきの僕は、完全に頭に血がのぼってました。あまりいいことではありません。
息吹には言ってやりたいことは山ほどありますけど…そうですね。今度は、太一にでも任せますか」
 そして、倒れている島長を見た。
幸四「この人のことも、追い詰めてしまったかもしれませんねえ…」
巳六「それは違うだろ」
 巳六と七々は、じっと幸四を見つめていた。
七々「幸四くんが言ったこと、何も間違って無かったよ」
巳六「そうそう。島長だって罪人だったんだからな。それは…忘れちゃいけねーよ」
 幸四は微笑んだ。いつもの幸四だ。
幸四「ありがとうございます…もう、2人とも大好きですよ」
巳六「うんうん、俺らもみんな幸四のこと大好きだよな、七々」
七々「うんうん、五月ちゃんも幸四くんのこと大好きだもんね」
 3人は五月を見た。五月は心から嫌そうな顔をする。
五月「ハア?幸四なんか、全然好きじゃねーよ!!」
 負けじと幸四も嫌そうな顔をした。
幸四「いいですけど別に。僕も五月なんて好きじゃありませんし」
五月「”なんて”だと…!?」
 七々が2人の間に割って入る。
七々「もう、こんな所でケンカしないの!」
巳六「あっはっは」
 いつも通りの2人の様子に、巳六も七々も少し安心した。
巳六「じゃあ、そろそろ行くかあ」
七々「…ねえ、この人…どうしよう…」
 4人は横たわっている島長を見た。
幸四「部屋を出る時に、警報でも鳴らしていきますか。そうすれば誰かが来て、何とかしてくれるでしょう」
 いつもの幸四らしい案だった。
 4人は、島長に少しだけ祈りを捧げる。
 そして、警報を鳴らして部屋を出て行った。