「雛菊」

・ひな‐ぎく【×雛菊】

キク科の多年草。群生し、葉はへら形。春、高さ約10センチの花茎を伸ばし、
淡紅・紫紅・白色などの頭状花を開き、秋ごろまで咲く。
観賞用。延命菊。延齢客(えんれいかく)。デージー。
《季 春》「小さき鉢に取りて―鮮(あざや)かに/温亭」






―悲劇は、いつから始まったのだろう。
 私にこの力が宿った日から?
 私がこの力を使った日から?
 罪人が生まれた日から?
 カルマが生まれた日から?
 魔物が生まれた日から?
 罪人がクライムになった日から?
 アカネが生まれた日から?



 2001年 某日。

 マモルとサトリとヒナギクは、カルマの拠点に居た。
 カルマとアカネは、それぞれのベッドに寝かせてある。
 サトリはマモルとヒナギクにも、アカネから聞いた話を聞かせた。
「…まあ…そうよね」
 ヒナギクは、ポツリと言った。
「心があるのに…別れの時だけ大丈夫なんて、よく考えたらおかしいわ」
 3人は、黙り込んだ。
「…これからどうする?」
 サトリが口を開く。
 マモルは、迷わずに言った。
「変わらない。アカネの代わりにカルマを守るだけだ」
「…そうよ。そうよね」
 ヒナギクもそれに同意した。
 サトリは2人を見回し、頷く。
「良かった。俺も同じ気持ちだ。カルマが起きたら…」
「…3人とも、帰ってくれ」
 3人は、その声にはっとしてカルマの方を見る。カルマは、目覚めていた。
 カルマは続けた。
「もう私は誰とも関わらない。1人でいい。帰れ」
 カルマの目は、焦点が定まっていなかった。
 サトリは、カルマの名を呼ぶ。
「カルマ」
「…そうだ。使命を終わらせればいいんだ。そうすれば、私はやっと死ぬことが出来る。この剣で自分の心臓を一突きにして死ぬんだ」
「…えっ」
 カルマの言葉に、3人は思わず声を漏らす。
 ヒナギクはカルマに近付き、肩に手をやった。
「…ちょっと待って。使命を終えたら消えるんじゃないの?剣で一突きってどういうこと?」
 カルマは嘲笑して答えた。
「消える訳ないだろ。体は人間と同じなんだぞ?私はその時が来るのをずっと待っているんだ。この剣で、死んで、やっと楽になれる…」
「…そんな」
 ヒナギクだけでは無い。マモルも、サトリも、衝撃で目を大きく見開いた。
「最後には自害するってこと…?そんなのおかしいわ…!」
「私にこれ以上生きて苦しめと?」
 カルマは、強い口調で言い放つ。
「これだけ長い間生きてきた私にもっと生きて生き地獄を味わえと…?お前たちだって…」
 そして…一瞬だけ3人の方を見て、うつむいた。
「お前たちだって…私より早く死ぬんだぞ…耐えられない…お願いだ…これ以上私に関わらないでくれ…お願いだ…」
 ヒナギクは、これ以上は何も言えなかった。
 カルマはしばらくそうしていると、立ち上がった。
 ゆっくりと、ふらふらとアカネに近付く。そしてアカネの側に座り、二度と動かないその顔をじっと見つめた。
 それからカルマは、ぴくりとも動かなかった。
「…」
 サトリの合図を受け、マモルとヒナギクは、この場をサトリに任せて一旦外に出る。
 サトリには、カルマに話さなければならないことがあった。

「カルマ」

 サトリは、出来るだけ優しい口調でカルマの名前を呼んだ。
「…」
 反応しないカルマに、サトリは話を続ける。
「そのままでいいよ。俺が勝手に話すから大丈夫。カルマ…俺は…」
 サトリは、おもむろに帽子を外した。
 サトリは言った。

「俺は、マイオウギの直結の王族だ」

 カルマは反応し、ゆっくりとサトリの方を見た。
 そこには、綺麗な緑の髪のサトリが居た。

 知っていた。気付いていた。
 王族ってだけじゃない。

 似ていた…”どっち”にも、良く。

 サトリは語り始めた。
「カルマ…俺が読んだのは、文献だけじゃないんだ。ご先祖の、リゾクとミコの手記も読んだ」
 サトリの口から、とても懐かしい名前を聞いた。
 リゾクとミコ…どっちの顔にもよく似ているサトリの口から、リゾクとミコのことが語られた。
「リゾクとミコは…カルマが自分たちと別れることが悲しい、寂しいんだって気付いてた」
 するとカルマは、涙ぐんでサトリの胸ぐらを掴んだ。
「悲しいに決まってるだろ!!!!!生まれて初めて出来た友達だったんだぞ!!!!!」
「…」
「何で私があの2人が老いて死んでいく様を見なきゃならなかったんだよ!!!何の嫌がらせなんだ…!!!」

―…ごめんね

「あの時、気付いたんだ。人間と関われば関わるほど、こういうことを味わっていかなきゃならないってな。
だから人間と出来るだけ関わらないようにしようとした。
でも…みんな関わってくるんだよ。みんないい奴で私の中で勝手に大きくなっていくんだ」

―ごめん

「リゾク…ミコ…カエデもキリュウも、ホウプもドリームもライクもバースも、クオンも…ミクリヤも…アサヒも…みんなもうどこにも居ない。
私1人が亡霊みたいに生き続けてるんだ」

―ごめん

「何で…?何で私には心があるんだ?使命に心なんて必要だったのか?
いらないだろ、こんなもの…いらない…心なんて無ければ良かった。無ければ良かったのに…」

―本当に…ごめん…

「サトリお願いだ。早く使命を終えて楽にさせてくれ。早く死にたいもう生きるのはつらい…サトリ…」
「…」
 サトリは、泣きじゃくったカルマの両肩に、そっと手をやった。
「…カルマ。な…ちょっとだけ、俺の話を聞いて」
 サトリはカルマが不安にならないように、出来るだけ優しい目で、優しい口調で語り始めた。
「マイオウギの王族は、もう機能してないんだ。中途半端に血族で結婚する習慣だけ残ってる。どっちつかずで情けないよなあ…
そんなある日、文献を読んで、昔のマイオウギとカルマのことを知ったんだ。
ご先祖とカルマ…それは、ただの過去の出来事じゃないと思った。カルマはまだ生きていると知ってたからな。
その後、代々守ってた今は誰も入らない資料室に入って、手記を見つけたんだ」
 サトリは、カルマの目を、じっと見つめた。
「リゾクとミコは、カルマの悲しみに気付いてた。そして…”誰か…どうか、カルマを救ってください”って…書いてあったんだ」
 カルマの目から、再び涙が零れ落ちる。サトリは続けた。
「…それが、俺の使命だと思った。まだどこかで生きているカルマを、俺に救えないかって考えて、帽子で髪を隠して家を出た。
何から始めればいいか…とりあえず少しでもカルマの手助けになるかなって魔物退治を始めたんだ。武術で鍛えてたしな。
そして、カルマと出会った。あの時は感極まりすぎて、色々何か、ごめんな」
 カルマの中で、もやもやしていた部分がやっと繋がった。
 サトリは…リゾクとミコに似ているだけでは無い。本当にリゾクとミコと繋がっていた。カルマはそれと感じ取っていたのだ。
 カルマは、自分の心が少し落ち着いたことに気付いた。
 カルマは口を開いた。
「…サトリ…私は…どうしたらいい?」
 思わずサトリに助けを求めるカルマは、サトリを通してリゾクとミコに助けを求めているのかもしれなかった。
 サトリは、今度ははっきりとした口調で言った。
「とりあえず使命を続けよう。俺も、マモルもヒナギクも手伝う。あと…俺に時間をくれないか?カルマを救う方法、考えるから。
とりあえず、カルマを1人にはしないからな。1人には絶対にしない…」
「…」
 カルマは、やらなければならないことや、アカネを失った悲しみや、サトリに対する安堵で、疲れてしまった。
 サトリはカルマを、そっとベッドの上に座らせて休ませた。
「帽子は…もう無くてもいいか」
 サトリはその日から、帽子を被るのをやめた。