「業」

・ごう〔ゴフ〕【業】

人間の身・口・意によって行われる善悪の行為。

前世の善悪の行為によって現世で受ける報い。「―が深い」「―をさらす」「―を滅する」

理性によって制御できない心の働き。






『カルマさん、会いたいです。
お返事、ください アカネ』



 1996年 某日。

 起区:フシン。承区:ガト。転区:ホウテイ。結区:マイオウギ。
 この大陸には4つの国がある。
 マイオウギは昔は王政だったが、今は政府を中心とした共和国となっている。
 近代化した後も田畑が多く残り、大陸全体の食料の生産を担っている。
 ガトは今でも王政の王国である。都心ではビルや電光掲示板が立ち並び、学問と科学が発展していて常に時代の最先端をいっている。
 しかし郊外では、田舎の風景が残る所も多々あった。
 ホウテイは昔から政府を中心とした共和国だった。近代的な建物の中に古き良き工場や道なども残され、
 昔ながらの鉱山の資源流用や、新エネルギーの模索、そしてギルドの活動など、幅広く人々が活動していた。
 ギルドには、幹部が指揮するギルド隊と、従来通りの依頼をこなす賞金稼ぎが居た。

 そして、フシンは…
 今でも沈黙を保っている。もはや、他3国から忘れられてもおかしくない存在になりつつあった。
 人影は確認されているので、滅んだ訳では無いのだろうが。

 大陸の真ん中ぐらいの所にある、人が訪れないような森の中。
 そこに1軒だけある小屋の中に、1人の少女が居た。
 髪は赤褐色。その少し長い髪を綺麗にまとめ、服は白と黒を中心に着こなし、腰に1本の剣を下げている。
 彼女は、”神の遣い、業・カルマ”。そしてここは、カルマの拠点である。
 カルマは、今では誰でも使っている”デバイス”と呼ばれる携帯端末で、
 レーダーソフトを見てクライムの出現を待ちながら、勉強をする日々を過ごしていた。

 ある日、カルマのデバイスに1通のメールが届く。
 誰だろうか。カルマには、思い当たる節が全く無かった。が…
「…アカネ…?」
 カルマは思わず呟く。差出人の名前、そしてアドレスに見覚えがあったからだ。
『カルマさん、会いたいです。お返事、ください』
 メールの本文には、それしか書いていなかった。カルマは重要な用件である可能性を考え、すぐに返事をする。

『人型ロボットのアカネで間違い無いな?何があった?』

 そう、このアドレスはアサヒのアドレス。そこからメールを送るアカネといえば、あの人型ロボットのアカネ以外に思い当たらないのだ。
 カルマは、アサヒにもアカネにも何十年も会っていなかった。
 アカネからの返信はすぐに来た。

『カルマさん…!良かった!!とにかく、会いたいです!
今日の夕方5時くらいに、場所はどうしようかな?
じゃあガトの田舎道の駅で!2人とも行ったことありますもんね!
良かったらお返事下さい。 アカネ』

 人型ロボットであることを否定していないので、あのアカネに間違い無いだろう。
 だが、メールの文面はやけに人間らしく感じた。

『分かった』

 カルマは、そう返信した。とりあえず、会ってみないと始まらないと思った。


 カルマは約束の時間に、ガトの田舎道の駅で降りた。
 すると、そこに1人の少女が立っていた。
 見覚えのある茜色の髪。しかし、それ以外は見覚えが無い。
 服、服から覗く肌、くしゃっとした嬉しそうな笑顔…
 目の前に居る少女はアカネで間違い無いのだろうが、しばらく見ないうちにかなり変わったようだった。
 アカネはカルマに気付いていて、電車を降りたカルマにすぐに抱き付いた。
「カルマさん、久しぶりですね…!すっごく会いたかったです!!」
 アカネは流暢な口調でそう言った。
 かなり人間らしくなっている。言われなければロボットだと分からないくらいだ。
 カルマは、アカネを改めて良く見た後、
「お前は…ロボットのアカネか?」
 と聞いてみた。
「はい、そうです!久々ですもんね。分からないですよね」
 アカネは笑顔でそう答えた。
 そして、周囲をキョロキョロと見回す。
「カルマさん、話したいことが沢山あるんですけど…ここじゃ困りますよね?どこかに移動します?」
 カルマも周囲を見回した。
 駅で立ち話をするのも何だし、今は夕方で時間も時間だ。
「とりあえず、宿を取るか」
「そうですね」
 カルマの意見にアカネも賛同し、2人はそこにあった村で宿を取ることにした。


「カルマさん。アサヒが…この前、寿命で亡くなりました」
 アカネは、気丈に振る舞いながらも、声を少し震わせながら言った。
 あれから何十年も経っている。仕方の無いことなのだ。
 カルマは表情を変えず、
「そうか」
 とだけ言った。
 アカネがカルマに伝えたかったのは、このことだけでは無かった。
 2人は今、村の宿の一室に居た。
 アカネは話を始めた。
「私、アサヒと約束をしていました。アサヒが亡くなったら、カルマさんの元に駆けつけるようにって。
1人で使命を背負っているカルマさんを、助けてあげてほしいって言っていました」
「…!」
 カルマは、思わず目を見開いた。
 アカネはカルマの目をじっと見つめて続ける。
「私は、カルマさんの影響で生まれたんですよね?だからカルマさんは、あの時私に”獣を倒さないで欲しい”って言ったんですよね。
つまり、私も使命を背負ってるんですよ。人間に関わることをやめて、カルマさんと共に生きるのが、私が今やるべきことなんです」
 カルマは、はっとした。
 アカネの言っていることは正しい。カルマは、アカネが自分の影響で生まれたことに懸念があったのだ。
 彼女が人里を離れてカルマと行動を共にすることで、その不安は全て解消されるかもしれない。
 その上、アカネは人間では無いので、人間の歴史に関する気遣いをする必要が無いのだ。
 カルマは一息ついて、アカネを見つめながら言った。
「アカネ。お前の言っていることは、良く分かった。とりあえず明日、私の拠点へ行こう」
「はい。その方が、私も都合がいいんです」
 アカネは、カルマのその言葉を待っていたかのような口振りだった。
 アカネは真剣な表情で言った。
「私、今ギルドに狙われているんです。
クオンさんとアサヒが私を作った痕跡を何も残さないでいてくれたから、私さえ捕まらなければ大丈夫なんです」
「…ギルドが?何故だ?」
 カルマは、グゲン3世のことが頭をよぎった。彼は一時期、魔物を退治するための人型ロボットを大量生産したがっていたのだ。
 しかし彼は、それを諦めた。そしてあれから何十年も経っている。
 何故、今のギルドがアカネを狙っているのだろうか?
 アカネは話を続けた。
「分かりません。ただ、ギルド長がグゲン5世に変わってからなんです、私を狙うようになったの…
アサヒとグゲン3世さんは友達でしたし、4世さんもいい人だったのに…何が目的なんですかね?」
 ギルドの目的は分からないが、カルマはますますアカネを拠点へ連れて行くべきだと思った。
 以前ニュースで、ギルドが魔物の退治に人型では無いロボットを流用し始めた、というのを見たことがあった。嫌な予感がした。
 グゲン3世の時のように、直接会って話をする手もあるが、今の世の中だと、あの頃と違い組織のセキュリティが複雑化している。
 得体の知れない少女とギルド長が会談をするのは困難だろう。
 後日、連絡を取ってみようと思った。
 もう夜だった。とりあえず今日は寝ようと思った時だった。
「…お前、随分人間らしくなったな」
 カルマは、無意識にアカネに話しかけていた。
 それを聞いたアカネは、顔を輝かせる。
「はい、私もそう思います!カルマさんと会うことが無くなった後も、クオンさんとミクリヤさん、アサヒと接して、色んなことを学びました。
後、ロボットってことがバレないように、買い物したり仕事したりして、出来るだけ多くの人と接したりして。
でも…やっぱ、一番いっしょに居たのはアサヒかな。アサヒってばカッコイイかと思ったら、世話が焼けるところもあって、
可愛いところもあって…でも、やっぱカッコ良かったなあ。…あっ」
 アカネは我に返り、真っ赤になった。
「…私、何言ってんだろ。恥ずかしい…!カルマさん、ごめなさい」
 赤くなって慌てふためくアカネを見て、カルマはアサヒとアカネが接することで、アカネは人間らしくなったんだなと感じた。
 2人は、寝る準備を始めた。