「具現」

・ぐ‐げん【具現】

実際に、具体的な形に現すこと。また、具体的に現されたもの。「理想を―する」






 1926年 某日。

 アサヒとアカネは、転区:ホウテイのギルドに来ていた。作戦を決行するのだ。
「こいつがロボットだ。ギルド長のグゲン3世に会わせてくれ」
 アサヒが受付の女性にそう告げると、女性は奥へと引っ込んで行った。
 しばらくして…

「…ロボットか…本物、だな…」

 奥から、とても顔色の悪いグゲン3世が現れた。
 そして…アサヒは目を見張った。
 グゲンの後ろに付いて共に現れた、黒髪の男。
 こいつがクライムなのだろう。

 アサヒは冷静さを保つように努める。現れたグゲンに提案した。
「これがロボットだ。間違いねえだろ?で、ちょっと来て欲しい所があんだけど。ロボットを生産した工場に案内したい」
 もちろんそんな工場は無い。グゲン、そしてクライムをおびき寄せるための罠だ。
 グゲンは、首を傾げて言った。
「工場…?そんな物があるのか?クライム、どう思う?クオンは何でいきなりこの話を受けることにした?」
 グゲンは、クライムの近くに居る影響で、正気と狂気の狭間に居た。
 人々のためにロボットが欲しいという正気。ロボットを奪いたいという狂気。話がうまく出来すぎているという正気。
 アサヒには、グゲンとクライムの反応がどうなのか、色々なパターンが想定してあった。
 アサヒはアカネの耳元で囁く。
「アカネ、ジャンプするヤツだ」
「了解シマシタ」
 すると、アサヒとアカネは外に向かって走り出す。
 グゲンは2人に逃げられたと思い、ギルドに居る賞金稼ぎに向かって大声で叫んだ。
「逃げた!!捉えろ!!」
 賞金稼ぎたちは、ギルド長の命令に従う。もちろん賞金が出ると思ったからだ。
 アサヒとアカネは、彼らに追われる形で外に出た。
 そして…

 バッ。

 外に出ると同時に、アカネはアサヒを抱き抱えて高く跳躍する。
 そして、電柱の頂点にスッと立ち、賞金稼ぎたちを見下ろした。
 賞金稼ぎたちから「おおっ」と声が上がる。アカネの身体能力に感心していた。
 アサヒは下の様子を確認する。アカネの一連の動きを、グゲンもちゃんと見ているようだった。
「…すばらしい…欲しい…」
 グゲンはアカネの身体能力を目にし、呪いの影響による欲望が彼を支配し始めた。
 アサヒはグゲンの様子を確認し、彼に告げた。
「グゲン!ロボットが欲しいなら、電車に乗ってガトの田舎道まで来い。そこからは俺が工場に案内してやるよ」
 そしてアサヒは、アカネの耳元で「電車の上」と囁く。
 アカネは再び跳躍し、電車のある方向へと消えて行った。
 グゲンはすぐに走り出す。もちろん、電車に乗るためだ。
 ギルド長が何も告げずに居なくなり、ギルドがざわざわしていたが、今の彼はそこまで考えられなかった。
 グゲンの様子を見たクライムは、何も言葉を発すことなくグゲンの後を追う。
 クライムが何を考えているのか…それは誰にも分からなかった。


 アサヒとアカネは、グゲンとクライムが電車に乗り込んだのを見て、電車の上に乗った。
「クライムも、ちゃんと乗ったか。これでグゲンだけだったら別の策に切り替えないとならねえけど」
 カルマの考えでは、クライムもグゲンに付いて来る可能性は高いとのことだった。
 まだクライムはグゲンと近付いたばかりで、呪うにしても結託するにしてもまだ時間が足りない。
 クライムがみすみすと、ギルド長という立場であるグゲンを見捨てるとは思えないからだ。
 もちろん、クライムが来ない場合の策もあったが、クライムも無事に電車に乗ってくれた。
 まだ、目的地までは時間があった。
「…アカネ。もう下ろしていいから」
 アサヒは、まだアカネに抱き抱えられたままだった。
 アカネは、首を傾げる仕草をして言った。
「デスガ、電車ノ上ハ危険デス」
「大丈夫だよ。ちょっとは男らしいところ見せろっつうの。アカネ、右手見せろ」
 アサヒはそう言って電車の上に下りると、アカネの右手を確認する。
「いきなり動いたから鈍ってるな。メンテナンスするから待ってろ」
 そして、端末を見ながらアカネの右手をいじり始めた。
「アリガトウゴザイマス、アサヒ」
 アサヒは、礼を言ったアカネの顔をちらっとだけ見て、右手に目を戻して言った。
「…ホント、カルマに似てるよな、お前」
「ハイ、雰囲気ガ似テイマス」
 しばらく、メンテナンス作業を続ける。
 アカネはあることに気付き、アサヒの顔を覗き込んだ。
「…何デ、赤クナッテイルノデスカ?」
「…」
 ムッとしながら赤くなっているアサヒは、アカネの顔を見ずに作業を続ける。
「…近えんだよ…」
「近イト、赤クナルノデスカ?」
 アサヒの返答を聞いたアカネは、グッと力んだ。
「私モ、赤クナレマスヨ。見セマショウカ」
 アカネはそう言うと、顔がみるみると赤く染まっていく。
 アサヒはそれを見て、ため息をついた。
「…親父…何つー機能付けてんだ…」
「涙モ、流セマスヨ。流シマショウカ」
「いや、いいし!!」
 目的地までは、まだ時間が掛かりそうだ。

 グゲンとクライムは、電車の隅に乗っている。
 クライムから呪いは発されているが、短時間では人間は呪えない。同じ車両に乗っている人々に影響は無かった。
 しばらくすると、グゲンが、ぶつぶつと独り言を言い始める。
「…落ち着け…ロボットを、強引に奪うことはするなよ…」
 クライムは、グゲンの横顔を無言で観察していた。
 グゲンは頭を抱え、独り言を続ける。
「人々のために…私は…ロボットなど無くても…約束を…」
「…」
 クライムは、ひたすらグゲンを観察し続けた。