「御厨」

・み‐くりや【▽御×厨】

古代・中世、皇室などへ神饌(しんせん)の料を献納するために設けられた所領。






 1898年 某日。

 歩いたり電車に乗ったりを繰り返し、カルマはガトの研究所のある街に戻って来た。
 日は暮れかかっていて、人々は今日の片付けを終えて家路に着き始めていた。避難所に行く者も居るだろう。
 カルマは、ふと、街の外れに教会はあることに気付く。

 人々は、神に見捨てられたから災害が頻発するようになった、と思っている。
 だとすれば、この教会は神に祈る場として機能しているのだろうか?
 カルマは、中に入ってみた。

 教会は、古い石の造りだった。中はあまり広くは無い。
 奥に神棚があり、並んでいる椅子に人々がぽつりぽつりと座り、休みながら会話をしていた。
 神棚の横に、祭司のような女性が立っていたので、カルマは話を聞いてみた。
「すまない。ここは初めてなので教えて欲しい。ここは今、どんな役割を担っているんだ?」
 女性は、笑顔でカルマに答えた。
「人々が疲れた時に体を休める所、お喋りをする所、そして神様にちょっとしたお願いや報告をする所、ですね」
「神様に…?見捨てられたのにか?」
「今は、人によって色々な思想がありますよ。神様を信じる人、信じない人。信じる人は、マイオウギでの言い伝えを信じている人たちですね」
 カルマは、女性の顔をじっと見つめて、続きを待った。
 女性は言った。

「”何でも神様にやってもらう、という考えは、違う。最後に行動しなければならないのは、自分。そうあるべきである”。それが言い伝えです」

「…」
 カルマは、女性に深く一礼した。
「ありがとう」
 顔を上げたカルマに、女性は笑顔で、
「こちらこそ、ありがとう」
 と言った。


 カルマは、クオンの研究室がある研究所へ向かって歩いた。
 被害に遭った街や風景を、目に焼き付け続けた。

 何故なら…この風景は、人間の歴史だから。

 神が力を使えば、この災害は防げただろう。でも自分たちは、力を使うことをやめることを選んだ。
 しかし、この風景は正しい姿で、尊い…そう素直に受け止めるには、あまりにも悲惨な状況が広がっている。
 カルマは、自分たちが選んだ選択を受け止めるために、この痛みの風景を目に焼き付けたかった。
 教会の女性の言葉で、カルマは自分の意志を再確認する。
 私の道は、きっと間違ってはいない…
 たまたま、一番被害の出たマイオウギの惨状は目にしていない。だから迷いが生まれずに済んだのかもしれない。
 いや…心という物がどんどん失われている今なら、見ても何とも思わないだろうか?
 それとも…
 カルマは、あまり考えすぎるのはやめようと思った。
 マイオウギにも、後日訪れよう、と思った。


 夜。カルマがクオンの研究室で待っていると、数時間遅れてクオンとミクリヤが帰って来た。
「早いな」
 カルマは2人に声を掛ける。
 クオンとミクリヤも、カルマに気付いた。
「やあ、カルマ!帰ってたんだね!」
「実家は無事だったんだけど、しばらく向こうでは食べ物が手に入りづらいだろうと思って、食事しないですぐ帰って来たのよ」
 2人とも、直接ミクリヤの両親に会って安心したのか、清々しい顔をしていた。
 ミクリヤは休憩室の冷蔵庫を開けて、食事の準備を始めながら言った。
「今日はもう遅いわ。カルマ、もう一泊していきなさい」
「ん…?ああ」
 カルマが深く考えずに返事をすると、クオンが嬉しそうに声を上げる。
「そうだよカルマ、泊まっていきなよ!!」
 クオンとミクリヤのその様子に、2人は大丈夫だなとカルマは思った。


「カルマ」
 ソファで寝ようとしているカルマに、反対側のソファに居るミクリヤが話しかけた。
 休憩室に居るのは2人だけである。
「…何だ、ミクリヤ」
 カルマもソファに座り直した。
 ミクリヤは、話を始める。
「カルマ、私がマイオウギの王族出身って、知ってたんじゃない?」
「…」
 カルマは、ミクリヤの緑の髪とイヤリングに目をやる。
 そして、答えた。
「…ああ。そうだろうと思っていた。その髪の色と髪飾り…それらはマイオウギの王族の証だからな」
 ミクリヤは、カルマが昔、マイオウギの王族に仕えていたことを知っていた。
 マイオウギの王族は今でも存在する。カルマもそれは情報として知っていたので、ミクリヤを初めて見た時にピンときていた。
 ミクリヤは話を続ける。
「うちは分家だけどね。マイオウギの王族は、まだ続いてる。けど…多分、そろそろ政治の方は政府に受け渡すと思うわ。
マイオウギの方に、そういう時代の流れが来ているの」
「そうなのか」
 カルマは、マイオウギの情報を外部から得ている。細かい内部情勢までは、さすがに知らないのだ。
 ミクリヤは続けた。
「私は、それに賛成だったわ。私には研究者になる夢があったの。王族の血が流れていても、国外で働きたい…そう思ってたから。
解放されたかった。でも、両親はこれからも王族が政治をすべきだ、と思っていたのよ」
「…それで家出したのか」
 ミクリヤは、こくんと頷いた。
「…でも」
 そして、自分の耳飾りに手を触れる。
「これ…何か、外せなかったのよね。私は…何だかんだいって、心のどこかでは自分の血を誇りに思ってるんだわ。
それが後ろ盾になって、何をやっても自信に繋がってたのかも…今なら、そう思える」
 ミクリヤはそこまで話して、クスリと笑った。
「何か、カルマにこの話はしておきたかったのよね」
 それはカルマが、昔マイオウギに居たからだろうか。カルマはそう思った。が…
 ミクリヤは、こう言った。
「カルマって、確か19歳だったわよね?私も19歳だから、親近感が湧いたのかも。ふふっ」
「…お前、19歳だったのか…」
 19歳にしては落ち着いている、とカルマは思った。恐らく、王族出身なので育ちが良いのだろうが。
 もうそろそろ寝るのだろうな、とカルマが思ったところで、ミクリヤは再びカルマに話しかける。
「カルマは…使命から解放されたい、って思ったことは無い?」
「無い」
 カルマはミクリヤの質問に即答した。
「私は使命のために生まれ、使命のために生きている。解放されたら、私は私では無くなる」
 ミクリヤは、微笑んで言った。
「じゃあ…カルマも、神の遣いである自分を誇りに思ってるのね」
 誇り。
「…誇り…?…いや…」
 カルマは考えた。
 分からなかった。自分が神の遣いであることに、特別な感情を抱いたことなど無かったから。
 カルマは、神の遣い。それだけがカルマにとっての事実であり、それ以外の何物でも無いのだ。
 答えられずにいるカルマに、ミクリヤは納得した。
「きっとそうよ。この前、”特殊な体質をした人間”って言われて、嫌じゃなかった?
カルマが、自分が神の遣いであることを誇りに思ってたとしたら、自分の特殊な力をただの体質だなんて言われたら、傷つくわよね。ごめんね」
 確かにあの時、カルマの心はざわざわとした。そういうことなのだろうか?
 カルマは考えに考え、そして、
「…すまない。私には分からない」
 と、静かに呟いた。
「そっか。難しい話をしてごめんね」
 ミクリヤは笑いながらそう言い、カルマの肩をポンと叩いた。
 確かに自分には難しい話だ、とカルマは思った。
 カルマは、自分の心は人間よりも少ないと思っている。
 心に関する話は、カルマにとっては”難しい話”なのかもしれない、とカルマは考えることにした。
「おやすみ、カルマ」
 ミクリヤは、やっとソファに横になった。
 カルマも横になり、日付が変わった頃にやっと2人は眠りについた。


 次の日。
 カルマは、研究室の出口に居た。
 クオンとミクリヤがカルマを送る。
「カルマ、この前も言ったけど、またいつでも来てくれよ!」
「そうよ。また絶対に来てね」
 カルマは再び、
「…ああ」
 と答えた。もちろん社交辞令だ。特別な用でも無ければ、もう来ることも無いだろう。
「2人とも、色々ありがとう」
 カルマは2人に一礼し、色々と世話になったクオンの研究室を後にした。


 カルマはクオンに貰ったディスクを、森の中にある拠点のパソコンにインストールした。
 これからは、ここでクライムの出現を待つことになるだろう。
 レーダーを見てみると、あの嵐の中でも魔物の数はあまり減っていないことが確認できた。
 カルマは、クライムを倒す決意を新たにした。


 ある日。
 カルマは、マイオウギに来ていた。
 何年ぶりだろうか。昔ここを離れてからは来る機会が無く、外部から情報を得るだけだった。
 今日は、嵐の被害状況を見に来たのだ。
 通行止めの道路が多かったが、通行止めになっている向こうの景色には、半壊、全壊している建物が多く見られた。
 献花台が設置されている場所があり、花が手向けられている。
 そこでは、泣いている人も居た。
 カルマは、人が多く集まっているであろう王族の居る都心は避け、出来る限り多くの街に立ち寄って、その風景を目に焼き付けた。