「学理」

・がく‐り【学理】

学問上の理論または原理。「―を究める」「―的研究」






 1817年 某日。

 カエデとキリュウは、ホウテイ方面へ向かって歩いていた。
 街道では無く、街道沿いの森の中を。
 目立たないように行動する…のはもちろんだが、別の目的もあった。
 歩いていると、森の中から物音がする。
 大剣を構えるキリュウに倣って、カエデもキリュウから借りた槍を構えた。

 凶暴化した獣だ。

 キリュウはカエデに、
「姫、下がってろ!!」
 と言い放ち、前へ出て獣と対峙し始める。
 すると、カエデの後方からも獣が現れた。
「姫!!」
 手が放せずに叫ぶことしか出来ないキリュウを横目に、カエデは勇ましく槍を構えた。
 カエデに襲いかかってきた獣の攻撃を、カエデは必死にかわす。
 そして思い切って槍を突き出すと、それはうまく獣を貫いた。
 カエデは獣を倒すことが出来た。
 丁度自分も獣を倒したキリュウは、すぐにカエデのそばに行った。
「姫、大丈夫か…!?倒せたのか、良かった…」
 カエデは、肩で息をしていた。
「…散々訓練して来て…実戦になっても、楽勝で勝てる自信があったけれど…やっぱり、やってみないと分からないのよね…」
 カエデは息を整えた。
「やっぱり、私は無知だわ」


―作戦会議が終わった時。
 カエデはその時も、「私は無知だわ」と言った。
 するとカルマが、
「…無知を自覚することは大切だ。私も、無知だ」
 と、珍しくカエデに個人的な意見を言ったのだ。
 カエデは、何となくカルマと分かり合えたような気がして、嬉しかった。―


 考え込むような様子のカエデに、キリュウは声をかけようとする。
 しかし、カエデの方が先に口を開いた。
「さあ行きましょう、キリュウ!それと、姫では無くてカエデでいいわ。今はあなたと心を1つにしたいの。作戦を成功させるために」
 キリュウは一瞬戸惑ったが、すぐに、
「ああ、分かった。行こう、カエデ」
 と答えた。

 2人は目的の場所に辿り着いた。
 ここは、使われなくなった古い坑道だった。
 キリュウは持っていた松明に火を灯す。
「行くぞ、カエデ」
「ええ」
 2人は、薄暗い坑道の中へ向かって迷わず走り出した。


 カエデとキリュウが坑道に辿り着いた頃。
 カルマは、ガトの城の天井裏に居た。
 問題無い。全員呪いは解けている。
 カルマはそれを確認すると、ホウテイの兵士が歩いている中、下に堂々と降り立った。
 兵士たちは武器を構えた。
「お前は…!!」
「何故ここに居る!?」
 今にも襲いかかってきそうな兵士たち。
 しかし、兵士たちの戦意は一瞬で喪失する。

 カルマの手が、光っていたからだ。

 兵士たちは状況を理解できず、一歩も動けなかった。
 カルマは言った。
「私は、神の遣い・カルマ。動くな。今から私の言うことを聞け。王と王妃の居る部屋へ案内しろ。そして、ホウテイ兵の兵長もそこに呼べ」
 ほとんどの兵士は呆然としていたが、2人の兵士が我に返り、慌ててカルマを部屋へ案内した。
 そして我に返った別の兵士も、すぐに謁見の間へ向かって走った。兵長を呼びに行ったのだろう。
 呪いの解けたホウテイ兵の中には、カルマに逆らえる者など誰も居なかった。


 部屋には、カルマ、縄を解かれた王、王妃、そして呼ばれたホウテイ兵の兵長が居る。
 カルマの手は、まだ光っていた。
「私は、神の遣い・カルマ」
 カルマは改めて自分の正体を晒した。
 王は目を細めて呟く。
「…神の遣いか。我々を救いに来たのか…?」
 それは、半分正解だ。そして兵長は、
「…我々を、罰しに来たのか…」
 と呟く。それは間違いである。
 カルマはもっと重要な役目を担っていた。
 カルマは、口を開いた。
「ホウテイ兵は、呪いにかかっていた。だから、ガトの城を襲ったのはホウテイの意志では無い。
だから…王、王妃は怒りを静めて欲しい。死人が出てしまったのは…残念だ。私が止めれば良かった。すまない」
 頭を下げたカルマに、王は腰を低くした。
「カルマ殿、頭を下げないで下さい。もう怒りは収まりました。この戦いは仕組まれていた。そういうことですな?」
「仕組まれていた。そうとも言えるな」
 カルマはそう答え、冷静に見守っていた王妃に向かい、
「カエデ姫は無事だ」
 と伝えた。
「…そうですか…良かった…」
 王妃は立場上、気丈に振る舞っていたが、ここは涙が堪え切れなかった。
 しばらく黙っていたホウテイの兵長が、口を開く。
「カルマ殿…我々は、どうすれば良いのですか?」
 どうすればいいのか分からない、それも当然だ。
 彼らは自分の意志でここに来た訳でも無い上、呪いが解けたばかりで状況が掴めないのだ。
 カルマは、彼らホウテイ兵にも用があった。
「お前たちに頼みがある。お前たちの軍師・ガクリは憑りつかれている。彼を正気に戻すために力を貸してくれ」
 ホウテイ兵と話をしようとするカルマに、王が話しかけた。
「そちらのことは全てカルマ殿に任せます。私と王妃は、混乱しているであろうガトの城内と街を鎮めに行く。後は頼みましたぞ」
 カルマは頷くと、部屋の外の兵士たちに向かって「王と王妃を外へ」と促した。
 王と王妃が部屋を出て行くと、カルマはやっと手の光を消し、ホウテイ兵からホウテイに関する必要な情報を聞き始めた。