「海」

尊の詩











息吹を相手にすることに、私は何の迷いも感じていない。
私の大切な人たちは、キョーダイのみんな。
みんなに牙を剥くあいつは、私の敵だわ。
…でも…
…この選択、”あの人”は、どう思うのかしら…
全て思い出した時、私は今の選択を後悔しないかしら。
私の大切な人と、あの人の大切な人は、全く違うのよね



 9人は、政府ビルに戻って来た。
 全ては自爆装置を止めてドリーム島を助けるため。
 ビルの内部は、ほぼ廃墟と化していた。
 9人はエレベーターに乗った。
 エレベーターは、まだ動いた。
 最上階に着くと、9人は足元に気を付けながら慎重に歩いた。最上階にも、床に色々な破片が散乱していたからだ。
 歩いている時、太一が三琴に近づいてくる。
太一「三琴。今から息吹に会うけど、大丈夫なのか?」
三琴「…え?」
 三琴は笑った。
三琴「あら。悩んでいるように見えたかしら?」
太一「うーん…いや…息吹と話してる時の三琴って、何か焦ってるように見えるからさ、いつも」
三琴「…」
 三琴は驚いた表情をした。
三琴「…そうね」
 深く、息をつく。
 意を決して、まっすぐ前を見ながら話し出す。
三琴「私は迷っていない。私には詩帆の記憶が全く無いから、私は詩帆ではない。
息吹がどれだけ詩帆を大切に思っていても、それは私のことでは無いのよ。私は三琴。
私の大切な人は、キョーダイのみんな。キョーダイに牙を剥く息吹は私の敵。私は迷ってないわ。でも…」
 太一は三琴の横顔をじっと見つめ、静かに聴いていた。
三琴「…今の私の行動。詩帆が知ったら、どう思うのかしら…もし私の記憶が戻ったら、その時私は後悔しないのかしら。
私の中に眠っている詩帆は、本当に息吹を愛しているのかもしれない。昔の記憶が戻ったら…私は、詩帆になってしまうのよね」
太一「三琴」
 三琴は太一を見た。
 2人の目が合う。
太一「記憶が無くなってからの数年間は、三琴だけのものだろ。もし、昔の記憶が戻ったとしても…三琴が消える訳じゃない。
三琴は三琴がやりたいようにやればいい。もし詩帆の記憶が戻っても、詩帆の想いなんかに負けるなよ?」
 三琴は太一を見つめた。
 そして。
 顔を、思いきり近づける。
太一「…!!」
 太一の心臓が高鳴った。
 だが、三琴はキッと太一を睨みつけたのだった。
三琴「ええ。絶対に負けないわ」
 一度笑って、また顔を離す。
 太一は1人でドキドキしていた。
三琴「…ふう。スッキリしたわ」
 太一は我に返った。
太一「あ…ああ、良かったな!良かった良かった…」
三琴「太一に励まされるなんて、心外ね」
太一「ええっ!?」
 泣きそうな太一の顔を見て、三琴は笑った。
三琴「冗談よ。…ありがとう、太一」
 そして三琴はまた正面を向いて、歩き出した。
 スッキリとした三琴の横顔を見て、太一は息吹の言葉を思い出した。

…海のように、綺麗だ。

 この横顔を息吹も見ていたのかと思うと、太一は少しイライラする。
 しかし、息吹が見ていたであろう詩帆の横顔と、太一が知っている三琴の横顔は違う。
 太一も、そう思いたかった。

海のように、綺麗…だな…

三琴「太一、何見てるのよ」
太一「!??」
 顔が真っ赤になる。
太一「べっ、べ別に何でも!!」
 太一はスタスタと前へ歩いて行った。

 もし、三琴が記憶を取り戻したら…

 …どうせ、7日後に死んでしまうんだからいいじゃないか。

 2人とも、そういう考え方は一切しなかった。
 心のどこかで、「もしかしたら死なないかもしれない」と思っていたのだろうか。

…何よ、私。何だかんだ言って、迷ってたんじゃない。
でも…もう、大丈夫。
私はもう迷わない




 息吹の部屋に着いた。
 息吹はまるで、三琴…詩帆を待っていたかのように、部屋の中心にスッと立っていた。
息吹「さあ、詩帆。一緒に行こう。早くしないとドリーム島が爆発してしまうぞ」
 9人の一番前に、三琴は立った。
三琴「何度も言わせないでちょうだい。私はあなたとは絶対に一緒に行かない」
 対峙する、太一たち9人と息吹の図。何となく、全ての終わりを予感させた。
息吹「今のキミは、そう言うかもしれない。だが、キミは全て思い出した時、必ず後悔するだろう。なぜなら詩帆は…」
三琴「詩帆の記憶が戻っても、三琴が消える訳じゃないわ。私がキョーダイを想う気持ちは、詩帆があなたを想う気持ちに負けてないつもりよ」
 一切の曇りのない目で、息吹をじっと見つめる。
 息吹は三琴を見つめ返した。
息吹「…詩帆、もっと冷静になってくれ。冷静に考えてくれ。キミは昔の記憶を失っているんだぞ?
今の気持ちの衝動で物事を考えない方がいい。キミは私が大切だった。それを踏まえて私と共に来るのが普通じゃないか」
三琴「なぜ冷静に考える必要があるのよ。私はこの人たちが大切だからこの人たちと一緒に居たいって言ってるじゃない」
 三琴の話を聞いている時の息吹の顔を見て、太一たちは気付いた。
 息吹は、焦っている。
息吹「なぜ昔のことを覚えてもいないのに、今と昔で今の想いの方が勝っていると言える?」
 息吹は、なぜ焦っているのだろう。
 それは、詩帆と共にライク島へ行けないことに対してでは無かった。
 しかも息吹は、今まで三琴が息吹を大切じゃないと何度言おうとも、全く動じる様子を見せなかったのだが。
三琴「別にそこまで比較なんてしてないわよ」

 …詩帆の記憶が戻っても、三琴が消える訳じゃない。

 三琴の言った言葉が、息吹の頭の中に強い衝撃を与えていた。
 三琴のまっすぐな目に宿る、強い意志を感じて焦ったのだった。
 今の三琴と詩帆、どっちの想いの方が強いのか、息吹にも分からなくなっていた。
息吹「比較してない?じゃあ、なぜ…」
三琴「もう、ごちゃごちゃ難しいことばかり言わないでちょうだい!」
 すっかり、目に見えるほど動揺している息吹に、三琴は怒鳴りつける。
息吹「なぜだ…理由を言え。そこまで言えるのはなぜだ…」
 三琴は、一歩前に出た。
三琴「なぜ?理由なんて無いわ。そうなのよね…人はみんな、自分の行動にどうしても理由とか、
意味を付けたがるのよね。でも、実際はどうなのかしら。
心の中に生まれた、強い、理由も分からない衝動に突き動かされて行動することの方が多いんじゃないかしら…?
私たち、…色々考えたり、悩んだりしてきたけれど、結局は難しい答えなんか無かったわ。
私はこの人たちが大切。大切だから一緒に居たい。それだけで良かったのよ」
太一「…」
英二「…」
幸四「…」
五月「…」
巳六「…」
七々「…」
八重「…」
利九「…」

三琴の言葉は
俺達9人が今まで、必死に悩んで見つけてきた答えを、言葉として表してくれるものだった


三琴「あなたはどうなの?なぜ詩帆が大切なの?理由も意味も無いでしょう。大切だから大切なんでしょう」
 その時、9人は見た。
 息吹はもう、迷いの無い、まっすぐな目をしていた。
息吹「…そうだ」
 まっすぐ三琴を見つめる。
息吹「私は詩帆を愛している。私は自分の力で島を発展させたい。理由も意味も無い、私は私の意志を貫き通す」
三琴「…詩帆のことはともかく。研究のことはどうかと思うわ」
 三琴はただ、ひたすら無表情で息吹を見つめ続けた。
息吹「研究も私の意志だ。私の唯一の間違いは…キミを、研究に巻き込んでしまったことだけだ」
三琴「研究の全てが間違いよ!!」
息吹「発展には犠牲が必要だ!!」
 周りが静まり返る。
息吹「…発展には、犠牲が必要だ。今まで…そう、私やキミたちが頼っている、日常の便利な様々なもの。
全て、何かを犠牲にして生まれてきたものだろう。私の研究も同じだ。
だから私は、どれだけ非難されようが、一切自分の意志は曲げない。
そして…詩帆を愛すこと。その2つが私の全てだ。私は一切迷わない」
三琴「…」
 2人はしばらく、無表情で互いの目を見つめ続けた。
 そして…
三琴「…分かったわ」
 三琴は、笑った。
三琴「そうね…あなたには、あなたの意志がある。ごめんなさい…あなたの全てを否定することばかり言って」
息吹「…!…じゃあ…」
 息吹の表情が、喜びに変わろうとする瞬間。
 三琴は、手に持っている鉄パイプを、息吹に向けて突きつけた。
三琴「あなたにはあなたの貫き通す意志がある。そして、私には私の貫き通す意志がある。
それだけの話だったのね…あなたの意志は、間違っているとは言い切れない、尊いものだわ。
でも…たまたま、私たちの意志とは交わることが出来なかったのね。
あなたの意志の中に、私の大切な人たちの犠牲が含まれるのだったら…あなたは、やっぱり私の敵だわ」
息吹「…」
 そして。何と。
 息吹は、構えた。
息吹「なら、私は…詩帆をライク島に連れて行くために、”三琴”を倒す。少し眠ってくれないか」
三琴「…ありがとう、詩帆と三琴を混合しないでいてくれて…私は、あなたを倒します。覚悟して」