「裏」

カードの逆位置











俺は、お前がうらやましかったんだと思う。
お前を見ていると、複雑な気持ちになった…
それは、なぜ5年前にお前が1人でさらわれるのを止めてやることが出来なかったのかとか、
お前が1人で死んでしまうことへの悲しみだとか、
1人で居た期間があったことへの親近感だとか…
色々あったかもしれない。
でも、何よりも…
…俺はきっと、お前がうらやましかったんだ。
何があっても動じないお前が。
5年間1人でも、寂しがらずにたくましく生きてきたお前が。
同じ立場でも、全く違う。
うらやましかった。お前が…



 八重は、部屋の窓際の椅子に座って、窓に身を乗り出して外を見ていた。
 そして、その数メートル後ろに幸四と五月が立って、八重の背中をじっと見つめていた。
八重「…」
幸四「…」
五月「…」
 しばらく、そうしていて。
五月「…幸四。お前、迷ってねーか?」
 五月が幸四に話しかける。
幸四「そうですねぇ。迷っているといえば、迷ってますけど…ドリーム島をこのままにしておけませんからね…あなたは、どうなんですか?」
 五月は目を伏せた。
五月「…このままだと、俺が守りたかったキョーダイたちが死んじまう…のに…何でだろうな。俺は、みんなと島に残りたいって思ってる…」
 幸四は苦笑した。
幸四「あなたが守りたかったのは、キョーダイの命ではなくてキョーダイの心だったのかもしれませんよ」
五月「どうだろうな。ただ、何よりも今は…」
八重「…9人が、離れ離れになったら、寂しい」
 幸四と五月は、八重の背中をじっと見つめた。
五月「八重…」
幸四「…八重は、どうしたいですか?」
 2人は、八重に意見を求めた。
 2人は、八重の意見を尊重しようとしている訳ではない。2人は、八重の曇りの無い意見に頼っていたのだ。
 以前、心を失った八重を助けようと、守ろうと、必死になっていた2人が、今は八重の意見に頼ろうとしていた。
八重「…あたしが」
 八重は窓の外を見ながら言った。
八重「…雪月花を見たいって言った。9人で、一緒に。
ひどいね…島を助けても、ライク島に行っても、どっちを選んでもあたしたちはもう絶対に雪月花を見れないんだね。
だって、島を助けたらあたしたちが死んじゃうし、ライク島に行ったらドリーム島が無くなっちゃうんだもん」
幸四「…」
五月「…」
八重「…で…あたしが何で、9人で雪月花を見たいんだろうって考えた。それ…みんなのことが、大好きだから、って思った」
 八重は振り返り、2人をじっと見つめた。
八重「…じゃあ…ドリーム島を、助ければいいんだ。そうすれば、雪月花は消えないし、あたしたちも最後まで一緒に居られるんだよ」
幸四「でも…どちらにしろ、それを僕達9人が一緒に見れる日はやって来ないんですよ?」
 八重は、2人に向けて満面の笑みを作った。
八重「雪月花が生き残って、あたしたちじゃない誰かがそれを見てくれればいいや…2人は、雪月花をいつも見てるんだよね?」
 2人は、静かに頷いた。
 雪月花とは、季節ごとの景色の移り変わりのことだ。いつも、意識せずに、当たり前のように見ていた。
八重「じゃあ…聞かせて。雪月花のこと、いっぱい。あたし、2人から話を聞けば、それで充分だから」
 …何てことだろう。
 幸四も五月も、八重に雪月花のことを知ってもらいたい訳ではない。
 その目で、見てほしかったのに。
 当たり前の景色を、八重は知らないまま死んでいくのだろうか。
 いくら話したって、耳で聞いたのと直接見たのとでは、全く違う…
幸四「…分かりました」
五月「いくらでも、話してやるよ」
 八重だけでも、ライク島に行ってくれないか。
 そんなことを言っても無駄だと思ったので、それは言わないでおいた。
 2人は雪月花について話し始め、八重は心から楽しそうにそれを聞いていた。




…さあ、どうする。

 利九は1人、部屋で悩んでいた。
 窓の外を見ながら、じっと。
 利九はさっき、1人で零の医療所へ行っていた。”とあること”を相談しに行ったのだが…
 …あっさり、それが可能であることを知ってしまった。
 ”手術”には1時間もかからないという。
 …だから、利九は悩んでいるのだ。完全に無理だと言われれば、すっぱり諦めていただろうが。
 でも…

…これを選んだら…皆に、軽蔑されるだろうな…

 どうすればいいのだろう。
 だが、それを選ばないと、利九の心はもう持ちそうになかった。
 しかし、それは選んではいけない気がしてならない。
 いったい、どうすれば…
巳六「利九、入るぞ」
 利九の返事を待たずに、ドアが開かれた。
 巳六だ。
利九「…」
 利九は、振り返らなかった。
 しかし巳六は無遠慮に部屋の中に入ってくる。
巳六「お前今、誰とも話したくないかもしれねーけど、もう今しかチャンス無いかもしれないから、ちゃんと話しとくわ」
 巳六は利九のベッドに座って、くつろいだ。
 そして。
巳六「お前、1人で居る時って、寂しかったか?」
利九「…!」
 同じだった。以前、2人で話した時にされた質問と。
巳六「ちゃんと答えてもらえてねーと思ってさ」
利九「…」
 窓の外を向いたままの利九を見て、巳六は得意気に笑ってみせる。
巳六「…お前。約束、忘れてねーだろうな。1つだけ、何でも言うこときくって言ってたよな?」

利九『1回だけ何でも言うことをきいてやる』

利九「…」
巳六「さあ、答えてもらうぞー」
 利九は意を決す。体ごと、巳六を振り返った。
 利九は、言った。
利九「…ああ。寂しかったな」
 答えは、あっさり返ってきた。
利九「俺は…弱かったと思う。俺ががむしゃらにお前たちを助けようとしていたのは、孤独が怖かったからだ。
寂しかったからだ。1人で過ごしている夜、何十回うなされたことか…俺は、弱かったんだ」
 利九は、巳六をじっと見つめた。
利九「…お前は1人が慣れているから寂しくないと言っていたな。それは、お前が強かったから…」
巳六「それ、違うな」
 首をゆるゆると横に振る。
巳六「俺は1人が寂しくなかった。それは、ただ慣れてただけじゃ無かったと思うんだ…だって俺、ぬくもりとか知らなかったから」
 巳六の表情は、とても穏やかだった。
巳六「それ、実はずっと前から思ってたんだけど、今回自分だけが早く死ぬことになって、色々感じて、かなり実感したなあ…
ぬくもりを知ってんのと知らないのとじゃあ、全然違うんだな。
今の俺の記憶が始まってから、俺の記憶に”ぬくもり”の時期が無かったんだよ。ぬくもりを知らない。1人が普通。
お前が寂しかったのは、ぬくもりを知ってたからだろ。そんで、それが人として普通なんだろうな。
やっぱおかしかったのは俺だな…」
 利九は、巳六の一言一言を、噛み締めるように聴いていた。
巳六「…でも」
利九「?」
 巳六は立ち上がり、利九を押しのけて窓の外を見る。
巳六「…俺、最近すげー考えたんだ。寂しいがどうとか色々。で…俺、1人で旅してた頃のこと考えたんだけど。
俺…1人が普通で、寂しくないはずなのに…すげー…空ばっか、見てたんだ」
利九「…」
巳六「記憶に無い、大切な人たちに憧憬を抱きながら空を見てた。
それは、俺ずっと、寂しいんじゃなくてただの憧れだと思ってたんだ。でも、あんなに何回も空を見て、勇気付けられてた。
そんで、お前達がその大切な人たちだって知った時、ホント嬉しくて、涙が出そうなくらい大喜びしてたよな。
ああ…俺、自覚してなかっただけで、本当は寂しかったんだろうなあ…
慣れてるとか昔の記憶だとかぬくもりだとか関係なく、人間って1人だと生きていけないもんなんだろうな。
寂しいのが当たり前なんだって」
利九「…もし」
 巳六は利九を振り返った。
 利九は、真剣な目をしていた。
利九「…もし、俺がレイに、俺の頭に寿命チップを入れる手術を頼むって言ったら…どうする?」
巳六「!?…ええ!??」
 目を大きく見開いた。
巳六「マジ…?本気で言ってる??」
利九「もし、そうしたらどう思うと聞いているんだ」
 巳六はしばらく、無表情で利九の顔を見ていた。
 そして、うっすらと笑った。
巳六「…死ぬのが怖くないとか言ってる俺に、止める権利はねーか…」
 巳六は、スタスタとドアの方に向かって歩き出した。
 そして、ドアの前でピタリと止まる。
巳六「俺も、お前と同じ立場だったら、そうするのかもな」
 ドアを開き、部屋を出て行った。
利九「…」
 利九は目を閉じて考えた。

 寿命チップ。
 <E>と同じ、あと7日で死に至るチップを、零はデータを元に作ってみていた。
 もちろんそれは研究をするためなのだが、利九はそれを、自分の頭に付けることが出来るだろうかと何となく聞いてみたのだった。
 それが、まさか付けるのに1時間もかからないとは思わなかった。
 しかし、太一たちのように複雑に組み込む訳ではない。ほぼ、表面上にくっつけるだけのようなものだ。
 <E>と違って、その気になればまた簡単に手術で外すことが出来るくらい、簡単に付けるだけだが。
 それだけでも利九には充分だった。

…何て、バカげているんだろう。
バカだ。バカ。
1人だけ残されるのが嫌だからって、自ら皆と同じ運命を辿ろうとしている。
でも…


 利九は、一切の迷いの無い目をして、歩き出した。
 零の医療所に向かって。

…これは、俺が選んだ道だ。